「インド」の版間の差分

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政教分離の'''[[世俗主義]]'''という柱で国の統一を図ることになり、[[1949年]][[11月26日]]に[[インド憲法]]が成立し、[[1950年]][[1月26日]]に共和制に移行した。独立後は他の社会主義国ほど義務教育の完全普及や身分差別廃止の徹底はうまくいかず、近年においても小学校さえ行けない子も多く貧富の差も激しいが、不可触賎民出身の大統領([[コチェリル・ラーマン・ナラヤナン]])や大臣([[アンベードカル]])も出るなど特例も出てきている。
 
1961年12月、{{仮リンク|インドのゴア併合 (1961年)|en|1961 Indian annexation of Goa|label=インドのゴア軍事侵攻}}が起き、領土は[[1961年]][[12月19日]]にインドに併合された。[[1962年]]、[[中印国境紛争]]
 
[[1966年]]から長期にわたってジャワハルラール・ネルーの娘、[[インディラ・ガンディー]]の[[国民会議派]]が政権を担った。東西冷戦時代は、[[非同盟]]運動に重要な役割を果した国であったが、パキスタンとの対立が長く続いた。[[カシミール#カシミール問題|カシミール問題]]と[[バングラデシュ|東パキスタン]]を原因として、3度の[[印パ戦争]]が勃発し、長く対立が続いた。特に[[第三次印パ戦争]]([[1971年]][[12月3日]] - [[12月16日]])に[[ソ連]]とインドが共に[[バングラデシュ|東パキスタン]]を支援して軍事介入し、[[パキスタン]]を支援するなど[[中華人民共和国]]と対立した。インドとソ連の関係が親密化したことは、[[中ソ対立]]や[[ニクソン大統領の中国訪問]]([[1972年]][[2月21日]])へも大きな影響を与えた。[[1972年]][[7月2日]]、{{仮リンク|シムラー協定|en|Simla Agreement}}で[[バングラデシュ]]独立をパキスタンが承認。
 
[[1974年]][[5月18日]]、コードネーム『[[インドの核実験 (1974年)|Smiling Buddha]]』が成功し、世界で6番目の核保有国となった。
 
[[1976年]][[11月2日]]、[[:en:Forty-second Amendment of the Constitution of India]]において[[:en:Preamble to the Constitution of India]]に書かれた正式国名が「Indian Sovereign Socialist Secular Democratic Republic」に修正され、'''社会主義共和国'''を標榜している<ref name="42amend">{{cite web|title=The Constitution (Forty-Second Amendment) Act, 1976|url=http://indiacode.nic.in/coiweb/amend/amend42.htm|publisher=Government of India|accessdate=1 December 2010}}</ref>。
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