「トニー・ベネット」の版間の差分

m
編集の要約なし
m
[[1950年]]に[[コロムビア・レコード]]と契約。[[1950年代]]から[[1960年代]]にかけて「ビコーズ・オブ・ユー」、「コールド・コールド・ハート」、「霧のサンフランシスコ(I Left My Heart in San Francisco)」などの世界的な大ヒットで不動の人気を築いた。
 
朗々とした発声を得意とする豊かな声量の持ち主である一方、トーチ・ソングなどでの細やかな表現力にも優れるなど、ポピュラーシンガー、およびジャズ歌手としての評価は高い。先輩格の大スター歌手である[[フランク・シナトラ]]をして「おれの考えでは、トニー・ベネットは音楽業界最高の歌手だ」<ref>"For my money, Tony BennetBennett is the best singer in the business." 「おれが金を払ってでも聞きたい歌手はトニー・ベネットだけだ」と訳されることが多いが、これは誤訳。([[大久保寛]]「"money"は本当にカネか?」『Ameila』2013年1月号</ref>と評せしめた逸話を持つ。
 
実力派歌手としてロック全盛時代の最中にも中高年層から堅実な人気を保ってきたが、[[1990年]]代からは若年の[[MTV]]世代にもファン層を広げ、コンスタントにアルバムをリリースし続けている。[[1994年]]には[[MTVアンプラグド]]・ライヴに出演、このライヴを収録したアルバム『MTVアンプラグド』でグラミー最優秀アルバムを受賞した。
13

回編集