「アルジェリア」の版間の差分

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{{main|フランス領アルジェリア}}
 
[[1830年]]に[[フランス]]が進出し、[[アルジェリア侵略|アルジェを占領した]]。フランスによる征服に対して[[アブド・アルカーディル]]が激しく抵抗したが、[[1847年]]にフランスは全アルジェリアを支配した。アルジェリア北岸にはアルジェ県、オラン県、コンスタンティーヌ県が置かれ、これら三県はフランス本土と同等の扱いを受け、多くのヨーロッパ人がフランス領アルジェリアに入植した。[[第二次世界大戦]]中の1942年の[[トーチ作戦]]以降は反[[ヴィシー政権]]の拠点となり、[[シャルル・ド・ゴール]]を首班とする[[フランス共和国臨時政府]]もアルジェで結成された。第二次世界大戦が終結すると、[[第一次世界大戦]]後から高まっていた独立運動が激化し始めた。[[1954年]]には現地人(アンディジェーヌ)と入植者(コロン)の対立に火が付き[[アルジェリア戦争]]が勃発、100万人に及ぶ死者を出した。アルジェリア戦争中の1960年代にはサハラ砂漠で[[フランス]]の[[核実験]]が行われた。
 
[[1916年]]に[[トゥアレグ|トゥアレグ族]]の貴族[[:en:Ag Mohammed Wau Teguidda Kaocen|Kaocen Ag Mohammed]]が、トゥアレグ族居住地域内の[[アガデス]]で蜂起した([[:en:Kaocen Revolt]])。フランス軍が鎮圧したものの、[[第一次世界大戦]]が終わると独立運動が激化し始めた。
 
[[第二次世界大戦]]中の1942年の[[トーチ作戦]]以降は反[[ヴィシー政権]]の拠点となり、[[シャルル・ド・ゴール]]を首班とする[[フランス共和国臨時政府]]もアルジェで結成された。第二次世界大戦が終結すると独立運動が再び激化し始めた。[[1954年]]には現地人(アンディジェーヌ)と入植者(コロン)の対立に火が付き[[アルジェリア戦争]]が勃発、100万人に及ぶ死者を出した。アルジェリア戦争中の1960年代にはサハラ砂漠で[[フランス]]の[[核実験]]が行われた。
 
=== 独立 ===
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