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種子植物の発芽特性はその植物の[[生態学|生態的]]な特徴とも大きな関係がある。例えば、更地に真っ先に侵入して個体群を拡大する[[先駆種]](パイオニア種)といわれるタイプの樹木では、発芽は春から秋にかけて散発的に起こり、また休眠が複数年にわたることや、撹乱が起きた際に発芽しやすいといった特徴を持つ<ref name=shu161>[[#清和|清和 (2009)]]、161頁。</ref>。[[ハルニレ]]などがその例として知られるが、これは、さまざまな環境で最適なタイミングで発芽することによって、どのような環境でも確実に実生を定着させるための戦略であると考えられている<ref name=shu166>[[#清和|清和 (2009)]]、166頁。</ref>。一方、寿命が長く[[極相林]]を構成する種類などでは、発芽した実生の定着に失敗したとしても、寿命が長い分繁殖の機会が多いため、早春など生存率が高まると予想される時期に一斉に発芽する戦略を取る<ref name=shu168>[[#清和|清和 (2009)]]、168頁。</ref>。
 
また農業雑草として知られる種では、種子の休眠性やそれに伴う不ぞろいな発芽といった発芽特性が、生態的に重要な特徴となっている。例えば栽培品種と交雑し、収量を減少させる野生の[[イネ]](雑草イネ)は、栽培品種に比べ強い休眠性を持ち、発芽が不斉一に起こるため、[[代かき]]や[[耕起]]による死滅が回避され、また手取り除草によって一斉に淘汰されることを回避しているものと考えられている<ref>{{Cite journal|和書|author=牛木純、赤坂舞子、手塚光明、石井俊雄|year=2007|title=国内に発生する雑草イネの発芽様式および休眠性の特徴|journal=雑草研究|volume=53|issue=3|pages=128–133 |urlnaid=http://www.jstage.jst.go.jp/article/weed/53/3/128/_pdf/-char/ja/110006975925}}</ref>。
 
=== 他の生物が発芽に及ぼす影響 ===
シダ植物の胞子発芽に適した条件は、[[アメリカコウヤワラビ]]などで実験的に調べられている。それによると散乱光が胞子発芽を促進する一方で、[[太陽光]]は発芽に不適であるばかりか、強い太陽光に長時間晒されると葉緑体の[[クロロフィル]]が破壊される<ref name=hartt>{{cite journal|author=Hartt, C. E.|title=Conditions for Germination of Spores of ''Onoclea sensibilis''|journal=Botanical Gazette|volume=79|issue=3|pages=427–440|year=1925}}</ref>。また温度と光の組み合わせによって発芽率は変化し、アメリカコウヤワラビの場合、発芽に適した温度は、散乱光下では 16–34 {{℃}} であるが、暗黒条件では 24–33 {{℃}} の温度条件下で発芽が起きる<ref name=hartt />。また[[トクサ属]]の種でも暗条件で発芽することが知られている<ref name=Heald />。ただし[[コタニワタリ]]など、種によっては光がない条件で発芽できない胞子を持つものもある<ref name=Heald />。
 
コケ植物の胞子発芽に関する環境条件については、[[ヒョウタンゴケ]]などの[[蘚類]]や[[ゼニゴケ]]などの[[苔類]]でそれぞれ研究が行われている。光条件については、光に晒されることによって発芽が促進される一方、通常は光がない条件では発芽できないことがわかっている<ref name=Heald>{{cite journal|author=Heald, Fred de Forest|title=Conditions for the Germination of the Spores of Bryophytes and Pteridophytes|journal=Botanical Gazette|volume=26|issue=1|pages=25–45|year=1898|url=http://www.jstor.org/stable/2464515}}</ref>。ただし青色光や緑色光では発芽率が低下することも報告されている<ref>{{Cite journal|和書|author=中村厳、佐々木隆男|year=1964|title=蘚類の培養に関する研究: I. カギバニワスギゴケ (''Pogonatum inflexum'') 胞子の発芽と糸状体の生長|journal=育種學雜誌|volume=14|issue=3|pagespage=198 |naid=110001810741}}日本育種学会第25回講演会講演要旨。一般講演。</ref>。また暗黒条件で1か月保存された胞子は発芽能を失う<ref name=Heald />。しかし二酸化炭素を除去した環境でも発芽が起こることから、発芽に光合成は必要ではないものと考えられている<ref name=Heald />。光の強さも発芽に影響し、蘚類では弱光条件でも発芽できるのに対し、苔類では弱光条件で発芽が阻害されることが知られている<ref name=Heald />。ただしヒョウタンゴケなどでは、5%–10%濃度の[[ブドウ糖]]を培地に与えると、暗黒条件でも発芽が起こることが知られている。
 
温度条件では、30 {{℃}} 以上の高温で胞子の死滅または発芽率の大幅な低下が見られるが、短時間の高温処理の後、光がある常温環境に置くと発芽が見られる<ref name=Heald />。
品種改良による発芽の斉一性の獲得だけでなく、プライム処理やコーティング処理、ネイキッド処理といった種子そのものの加工によって発芽、生育を調節することもあり、[[植物工場]]でもそのように加工された種子が利用される<ref name=takat>{{Cite book|和書|editor=高辻正基|year=1997|title=植物工場ハンドブック|publisher=[[学校法人東海大学出版会|東海大学出版会]]|isbn=978-4925085731|page=159頁}}</ref>。植物工場では、発芽の不揃いが余分な労力負担や余計な施設稼働などにつながるため、特に発芽の斉一性が求められており、自動的、省力的に発芽を管理するため、温度や湿度、光などを調節する発芽室が施設内に設けられている<ref name="takat"/>。また、春播きの種を冬期に播種する場合には、発芽抑制剤を使用することで早期の発芽を抑制し、確実に越冬させてから春期に発芽するよう調節することが可能である<ref>{{Cite journal|和書|author=沢口敦史、佐藤導謙|year=2001|title=北海道中央部における春播コムギの初冬播栽培に関する研究: 適正播種量について(栽培)|journal=日本作物學會紀事 |volume=70|issue=4|pages=505-509頁|naid=110001742417}}</ref>。さらに、[[ジャガイモ]]などでは、収穫後に[[クロルプロファム]]などの薬品を用いて、輸送・貯蔵中に品質が落ちないよう発芽抑制処理が行われる<ref>{{Cite journal|和書|author=藤谷知子,多田幸恵,矢野範男,湯澤勝廣,長澤明道,小縣昭夫|year=2004|title=除草剤クロルプロファムによる溶血性貧血と脾臓における病理学的変化の可逆性|journal=東京都健康安全研究センター研究年報 |volume=55|issue=|pages=319-326頁|url=https://www.tokyo-eiken.go.jp/issue/journal/2004/pdf/55-54.pdf|format=pdf}}</ref>。
 
一方、作物の[[雑草]]や害草、[[侵略的外来種]]などといった駆除対象とされる種については、発芽生態の解明や、それに基づく防除法の確立が進められている。雑草の防除で最も一般的に行われているのは、[[除草剤]]など[[農薬]]による防除である。例えば稲作で用いられる非選択性除草剤のジクワット・パラコート混合剤は、雑草の草体を枯殺するだけでなく、雑草種子の発芽・発育も阻害することで、様々な種類の雑草を防除することが可能となる<ref>{{Cite journal|和書|author=内野彰、山口誠之|year=2005|title=ジクワット・パラコートがノビエ種子及ぴ水稲種子の発芽後生育に及ぽす影響|journal=東北農業研究 |volume=58|issue=|pages=39-40頁|url=http://www.affrc.go.jp/jasi/750721.pdf|format=pdf}}</ref>。作用機序は除草剤の種類によって様々であり、ジベレリンなど発芽時の代謝にかかる物質の生合成を阻害するものが知られている。しかし[[アトラジン]]や[[トリアジン]]、[[スルホニルウレア]]系除草剤などに抵抗性をもつ雑草が既に確認されており、そのような抵抗性をもった系統では、抵抗性を持たない系統より発芽率が高く、速やかな発芽率を示す場合も知られている<ref>{{Cite journal|和書|author=古原洋、内野彰、渡邊寛明 |year=2001|title=スルホニルウレア系除草剤抵抗性イヌホタルイ(Scirpus juncoides Roxb.var.oh wianus T.Koyama)の低温条件下での発芽|journal=雑草研究|volume=46|issue=3|pages=175-184頁|naid=110003930835/}}</ref>。一方で、ALS(アセト乳酸合成酵素)阻害剤への抵抗性をもつ個体では、抵抗性を持たない個体よりも発芽が遅延することも報告されている<ref>{{Cite journal|和書|author=冨永達 |year=2007|title=雑草のALS阻害剤抵抗性生物型の種子発芽特性|journal=雑草研究|volume=52|issue=|pages=36-40|urldoi=http://www10.jstage.jst.go.jp/article3719/weed/.52/1/.36/_pdf/-char/ja/ }}</ref>。
 
また他に、除草剤などによらない防除法も幾つかの種で提案されている。例えば[[マメ科]]植物の強害雑草であり、かつ外来種である外来アサガオ類([[ホシアサガオ]]、[[マメアサガオ]]など)は、火炎放射によってほぼすべての種子が発芽するため、[[火炎放射器]]によって発芽を促進させた後、水をはって数か月放置することによって全滅させるという防除法が提案されている<ref>{{Cite journal|和書|author=市原実、和田明華、山下雅幸、澤田均、木田揚一、浅井元朗|year=2008||title=帰化アサガオ類の種子は火炎放射およびその後の湛水処理で全滅する|journal=日本作物學會紀事|volume=53|issue=2|pages=41-47頁|naid=110006824906}}</ref>。他に、[[ハリエニシダ]]の種子に対して[[マイクロ波]]の照射を行い、種子発芽の促進、あるいは種子の死滅を誘導して防除するという方法も考案されている<ref>{{cite journal
|author=Moore, John; Sandiford, Libby; Austen, Liz; Poulish, Grey|title=Controlling Gorse Seedbanks|journal=Fifteenth Australian Weeds Conference|pages=pp. 283–286|year=2006|url=http://www.caws.org.au/awc/2006/awc200612831.pdf|format=pdf}}</ref>。作物に寄生する[[ストライガ]]などの[[寄生植物]]の防除には、寄主がいない環境で強制的に発芽させて死滅させるための自殺発芽誘導剤の開発が進められている<ref>{{cite web|title=寄生雑草ストライガの生理生態学的特性の解析と防除戦略の構築|work=アジア・アフリカ学術基盤形成事業 平成20年度 実施報告書|url=http://www.jsps.go.jp/j-aaplat/data/10ichiran_aaplat/saiyokadai_h20/h20/06_kobe_houkoku.pdf|accessdate=2011-11-24}}</ref>。
 
また、様々な植物の種子を発芽させた[[実生]]は、[[スプラウト]](発芽野菜)として食用とされる<ref>{{Cite journal|和書|author=前田智雄, 前川健二郎, 戸田雅美, 大島千周, 角田英男, 鈴木卓, 大澤勝次|year=2008|title=ブロッコリースプラウトの生育およびポリフェノール含量に及ぼす補光光質の影響|journal=植物環境工学|volume=20|issue=|pages=83-89頁|url=http://www.affrc.go.jp/agrolib/RN/0000103888.pdf |format=pdf}}</ref>。スプラウトは栄養豊富であることが知られており、食材として注目されている<ref>{{Cite journal|和書|author=渡辺満, 清水恒|year=2004|title=ダッタンソバスプラウトのフラボノイド組成|journal=東北農業研究|volume=57|issue=|pages=267-268 |urlnaid=http://www.jstage.jst.go.jp/article/shita/20/2/20_83/_article/-char/ja80017262648 }}</ref>。スプラウトに用いられる植物はさまざまであるが、[[モヤシ]]([[リョクトウ]]など)、[[貝割れ大根]]([[ダイコン]])、アルファルファ([[ムラサキウマゴヤシ]])、[[ソバ]]などのスプラウトが市場に出回っている。一方、貝割れ大根などのスプラウトで食中毒が起こる事例も報告されているが、これは発芽時に種子から糖類などが放出され、種子や苗に付着していた[[大腸菌]]などがそれを利用して繁殖しやすいためと考えられている<ref name=sira>{{Cite journal|和書|author=白川隆、我孫子和雄|year=2006|title=野菜の実生幼苗における大腸菌の消長|journal=野菜茶業研究所研究報告|volume=4|issue=|pages=29-37頁|url=http://vegetea.naro.affrc.go.jp/print/bulletin/4/4_029-037.pdf|format=pdf}}</ref>。スプラウトを生産する種子に対しては、種子に付着した糸状菌等の胞子発芽を抑制するために抗糸状菌剤処理などが行われるが、これによる大腸菌の増殖を抑制する効果は低いとされており、他の防除方法が必要とされる<ref name=sira/>。
 
また日本では、[[2000年代]]から[[玄米]]をある程度発芽させて休眠状態にし、食べやすくした[[発芽玄米]]が急速に普及している<ref>{{Cite journal|和書|author=間野康男|year=2006|title=発芽玄米の食品学的機能|journal=北海道文教大学研究紀要|volume=30|issue=|pages=37-44頁|url=http://libro.do-bunkyodai.ac.jp/research/pdf/journal30/03.pdf|format=pdf |naid=110004798488}}</ref>。
細菌の胞子は食品の変敗、食中毒、感染症などに大きく関係しているため、その胞子の休眠性や耐久性と共に、胞子の発芽についての研究が重要視されている<ref name="mori"/>。細菌胞子の発芽機構については[[枯草菌]]で特によく研究されており、発芽の分子的機構がかなりの部分解明されてきたが、コート層のタンパク質分解などの機構についてはほとんど研究が進んでいない<ref name="mori"/>。また[[糸状菌]]の分生胞子については芳香族硫シアン化合物などを主成分とした抗糸状菌剤によって発芽を抑制し、防除出来ることが知られている<ref name=kuro/>。
 
食用または薬用として用いる菌類([[キノコ]])の発芽については、育種や安定生産の観点から研究が進められている。育種においては、二種類の品種の担子胞子から発芽した一核菌糸体を交配させて二核菌糸体を作出し、それを生長させて新品種を作出するといった手法が用いられている<ref>{{Cite journal|和書 |author=北本豊 |year=2006 |month= |title=食用・薬用きのこの育種にかかる最近の展開 |journal=木材学会誌 |volume=52 |issue=1 |pages=1-7 |urldoi=http://www10.jstage.jst.go.jp/article2488/jwrs/.52/.1/52_1/_article/-char/ja |naid=10017179215 }}</ref>。また、[[マツタケ]]など人工的な胞子の発芽方法が確立されていない種では、人工栽培に向けて胞子の発芽特性の研究が進められている<ref name="matsu"/>。
 
一方、[[貝毒]]や[[赤潮]]の原因となる[[渦鞭毛藻]]などの発芽については、主にその防除や予防の目的で研究が進められている(例えば石川・石井(2007)<ref>{{Cite journal|和書 |author=石川輝, 石井健一郎 |year=2007 |month= |title=有害有毒赤潮生物のシスト発芽研究における進展と将来展望 (これからの赤潮学) |journal=海洋と生物 |volume=29 |issue=5 |pages=411-417頁 |url= |format= }}</ref>など)。
種子や胞子などの発芽を、植生復元への利用や環境評価の指標に用いる試みもある。よく知られた事例として、[[土壌シードバンク]]を掘り出して撒き出すことで、土壌中で休眠していた種子を発芽させ、植生を復活させる取り組みがある。例えば[[霞ヶ浦]]では、浮葉植物である[[アサザ]]の個体群を、土壌シードバンクから再生する事業が行われているが、これはアサザの種子が土壌シードバンクを形成しやすい発芽・休眠特性をもつことを利用したものである<ref name="asaza">{{Cite journal|和書 |author=高川晋一, 西廣淳, 上杉龍士, 後藤章, 鷲谷いづみ |year=2009 |month= |title=霞ヶ浦における土壌シードバンクからのアサザ個体群再生のための順応的な実践 |journal=保全生態学研究 |volume=14 |issue=1 |pages=109-117頁 |naid=110007226008 |format= }}</ref>。しかし単に土壌を撒き出すだけでなく、発芽、定着に適した環境を同時に整備することが必要であるとされている<ref name="asaza"/>。また土壌シードバンクは緑化材料などとしても活用されており、森林の表土を[[法面]]に吹きつけ、そこに含まれる埋土種子を発芽させて植物群落を形成させるという取り組みもある<ref>{{Cite journal|和書 |author=大貫真樹子, 谷口伸二, 小畑秀弘 |year=2005 |month= |title=表土シードバンクを吹付けに活用した施工事例-切土のり面における施工後2年3カ月の植生調査結果- |journal=日本緑化工学会誌 |volume=30 |issue=3 |pages=586-588頁 |naid=110002949670 |format= }}</ref>。
 
また[[海藻]]は、沿岸域の排水や有害物質の影響を評価する指標となりうるため、褐藻や紅藻といった海藻の胞子や遊走子が発芽可能か否かによって、有害物質量などを判定する方法が研究されている。例えば紅藻類の一種[[スサビノリ]]の殻胞子の発芽率をもとに、[[重金属]]などの濃度を判定する方法が考案されている<ref>{{Cite journal|和書 |author=高見徹, 丸山俊朗, 鈴木祥広, 三浦昭雄 |year=1999 |month= |title=海藻(スサビノリ殻胞子)を用いた生物検定における適切な暴露時間と判定指標の検討 |journal=水環境学会誌 |volume=22 |issue= |pages=29-34 |urldoi=http://www10.jstage.jst.go.jp/article2965/jswe/.22/1/22_29/_article/-char/ja.29 |formatnaid=10004451495 }}</ref>。
 
==脚注==
 
== 参考文献 ==
*{{Cite thesis|degree=B.S.|title=Some Factors Affecting Oospore Germination in ''Chara zeylanica'' Willedenow|url=http://esr.lib.ttu.edu/handle/2346/16864?show=full |author=Henderson, Gail Tyson|year=1961|publisher=Texas Tech University|accessdate=2011-11-25|docket=|oclcref=Henderson }}
*{{Cite book|author=Leyser, Ottoline; Day, Stephen|year=2003|title=Mechanism in Plant Development|publisher=Blackwell|location=Oxford|isbn= 0-86542-742-9|ref=ley}}
*{{Cite book|和書|author=鈴木善弘|year=2003|title=種子生物学|publisher=東北大学出版会|isbn=978-4925085731|ref=suzuki}}
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