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→‎流の消滅と再編: 行政上の位置づけと山笠など祭事における地域共同体としての位置づけの違いを明確にしました。
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== 流の消滅と再編 ==
町割り以来の流は、[[1962年]]に[[公布]]・[[施行]]された[[住居表示に関する法律]]を受けて、行政合理化を図るため福岡市では[[1966年]]に行われた町名町界整理事業機に全ての流が消滅した。町名町界整理では旧来の背割り方式から行政合理化図るため廃し街区方式に改める町名町界整理事業を実施した。そにより旧来からの町域に基づく流は行政上の区画としての町域との整合性が無くなることになり、行政上の意味を失った。また旧来の町も廃されて再編された。この混乱を乗り越えこととなっめ一旦消滅させたが、地域共同体における必要性から即日再編されることとなった。
 
例えば、恵比須流・大黒流はほぼ旧体制を受け継いで今日に至っており、土居流は、町名町界整理事業により土居町をはじめとする大半の町が消滅したため存続が困難視されたが、有志によって土居流保存会が結成され、引き続き山笠の当番を務めた。土居町筋沿いの旧町体制を維持した土居流保存会が結成され、流が復活することとなり引き続き山笠の当番を務め今日に至っている。
呉服町流は大半が[[大博通り]]となり流運営も苦しくなるため、東西に分離して東側は東町流と合流し[[東流]]、西側は西町流と合流し[[西流]]となった。
 
一方、呉服町流は大半が[[大博通り]]に含まれ、また分断されるこなり流運営も苦しくなるため、東西に分離して東側は東町流と合流し[[東流]]、西側は西町流と合流し[[西流]]となった。
土居流は、土居町をはじめとする大半の町が消滅したため、存続が困難視されたが、有志によって土居流保存会が結成され、引き続き山笠の当番を務めた。土居町筋沿いの旧町体制を維持し、流が復活することとなり今日に至っている。
 
恵比須流・大黒流はほぼ旧体制を受け継いで今日に至っている。
 
== 現在の流 ==