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オフにフリーエージェントとなり、2年3,000万ドルを提示した球団もあったが<ref>{{Cite book|和書|author=友成那智、村上雅則|year=2008|title=メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2008|publisher=廣済堂出版|pages=39項|id=ISBN 978-4-331-51300-2}}</ref>、1年800万ドルで残留。{{by|2008年}}[[3月13日]]、状態の思わしくなかった右肩のリハビリのため、60日間の故障者リスト入りした。本人は手術を希望したが、球団はまずリハビリすることを望んだ。復帰はオールスター明けとみられていたが<ref>{{Cite web|date=2008-03-13|url=http://www.sportsline.com/mlb/story/10706812|title=Red Sox's Schilling, out until All-Star break, goes on 60-day DL|language=英語|accessdate=2008-03-13}}</ref>結局6月に手術を行い、終盤に復帰するのではと言われたが、1試合も登板することなくシーズンを終えた<ref name="sul200901"/>。チームはワイルドカードでポストシーズンに進出。[[タンパベイ・レイズ]]との[[2008年のアメリカンリーグチャンピオンシップシリーズ|リーグチャンピオンシップシリーズ]]第5戦で[[始球式]]を務めたが、投球はホームベースのかなり手前でワンバウンド。レッドソックスファンのブログでは、「The 8 Million Dollar First Pitch(800万ドルの始球式)」と揶揄され<ref name="sul200901">「2008プレーオフ総集編 ALCS ア・リーグ・チャンピオンシップシリーズ レイズ対レッドソックス」『[[スラッガー (雑誌)|月刊スラッガー]]』2009年1月号、[[日本スポーツ企画出版社]]、2009年、雑誌15509-1、56頁</ref>、チームは3勝4敗で敗退した。{{by|2009年}}[[3月23日]]に自身のブログで「パーティーは終わりだ。23年間のプロ生活で世界一のファンからいろんな場所で祝福を受けてきて、引退には何の後悔もない」と現役引退を表明した<ref>{{Cite web |url=http://bugsandcranks.com/38pitches/sports/boston/baseball/curt-schilling/general/calling-it-quits/ |title=Calling it quits |author= |publisher=38pitches |accessdate=2009年3月24日 }}</ref><ref>{{Cite web |url=http://mlb.mlb.com/news/article.jsp?ymd=20090323&content_id=4052274&vkey=news_mlb&fext=.jsp&c_id=mlb |title=Schilling announces his retirement Right-hander won Series games for Phillies, D-backs, Red Sox |author= |publisher=MLB.com |accessdate=2009年3月24日 }}</ref>。
 
=== 殿堂得票 ===
2013年に最初の得票が行われたが、1年目の得票率は38.8%で落選した<ref>http://www.baseball-reference.com/awards/hof_2013.shtml</ref>。
 
=== 薬物使用勧誘告発 ===
2008年のレッドソックス在籍時に、球団関係者から禁止薬物の使用を勧められたとレッドソックスを告発した。シリングは手術を希望し、球団はリハビリすることを望んだが(先述)、その際にリハビリの一環として運動能力向上薬の使用を勧められたという<ref>http://www.sanspo.com/baseball/news/20130208/mlb13020815390003-n1.html</ref>事実を2013年2月7日に[[ESPN]]が報じた。
 
結果的にシリングは禁止薬物の使用を断り<ref>http://www.sanspo.com/baseball/news/20130208/mlb13020815390003-n1.html</ref>、手術を受けたが復帰できずに引退となった。
 
== 選手としての特徴 ==