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日本の招きにより[[お雇い外国人]]の一人として、[[明治]]8年([[1875年]])1月12日に来日した[[エドアルド・キヨッソーネ]]は[[国立印刷局|大蔵省印刷局]]に着任、主に偽造防止の[[紙幣]]制作の指導などにあたる傍ら、多くの日本美術品を収集した。それらの展示のために設立されたのが、キヨッソーネ東洋美術館であった。当初、[[アルフレード・ルグソーロ]]により、[[1905年]]にリグーリア美術学校の三階の美術館に設置され、[[1940年]]までこの建物において開館していたが、1940年の[[第二次世界大戦]]布告の直後、キヨッソーネ東洋美術館はジェノヴァ市の責任、負担のもとに疎開、大戦後にはキヨッソーネの遺言通り、市の所有となっている。自らが[[銅版画]]家であった彼の日本美術品コレクションは約15000点以上にのぼり、[[浮世絵]][[版画]]3269点、[[肉筆浮世絵]]286点余りのほか、大仏像、[[甲冑]]、[[絵画]]、[[陶器]]など多岐にわたっている。
== 所蔵品 ==
* 「初代大谷広次のはしば久吉と二代目三条勘太郎の若衆」 細版 [[漆絵]] [[鳥居清信]]
* 「二代目市川団十郎と初代佐野川万菊」 細版 漆絵 [[鳥居清忠]]
* 「しゃぼん玉を吹く美人」 柱絵判 [[錦絵]] [[礒田湖竜斎]]
* 「御殿山の花見駕籠」 大判 錦絵3枚続 [[喜多川歌麿]]
* 「教訓親の目鑑 本性者」 大判 錦絵 喜多川歌麿
* 「二代目中村仲蔵の舎人松王丸  大判 錦絵3枚揃のうち [[歌川国政]]
* 「源頼光公館土蜘蛛作妖怪図」 大判 錦絵3枚続 [[歌川国芳]]
* 「雪中の花魁」 掛物絵 大判錦絵 上下2枚続 [[渓斎英泉]]
* 「諸国名橋奇覧 すほうの図 きんたいはし」 大判 錦絵揃物 [[葛飾北斎]]
* 「業平踊図」 絹本着色 [[宮川長亀]]
* 「身重の女」 絹本着色 [[葛飾北斎]]
* 「七福神」 絹本着色 [[歌川豊春]]、[[歌川豊国]]、[[歌川豊広]]、[[歌川国貞]]、[[勝川春英]]、[[鳥居清長]]、葛飾北斎
* 「桜下遊女図」 紙本着色 歌川豊国
* 「月夜楼上芸妓図」 絹本着色 [[歌川広重]]
* 「四条河原夕涼図」 絹本着色 [[鳥文斎栄之]]
* 「遊女道中図」 絹本着色 [[礫川亭一指]]
* 「月下竹虎図」 絹本着色 葛飾北斎
* 「諌鼓鶏図」 絹本着色 葛飾北斎
* 「観月遊女図」 絹本着色 [[柳々居辰斎]]
 
 
== 参考文献 ==
* キヨッソーネ東洋美術館所蔵 浮世絵展 神戸新聞社 株式会社エーティー 富田智子編、[[神戸新聞社]]、2001年
13,049

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