「第一次チェチェン紛争」の版間の差分

m (r2.7.2) (ロボットによる: oc:Primièra Guèrra de Checheniaを追加)
 
==概説==
[[1991年]]、[[ソ連崩壊]]の直前であるが、チェチェンでは元ソ連軍の将軍である[[ジョハル・ドゥダエフ]]を大統領に選出。ソヴィエト[[連邦離脱法]]を基に、一方的に独立を宣言した([[チェチェン・イチケリア共和国]])。(厳密には、連邦離脱法は[[ソビエト連邦構成共和国#連邦崩壊時の15共和国|ソ連構成共和国]]の離脱を念頭に置いたものであり、当時ロシア共和国内の共和国であったチェチェンには適用されない)。当時のチェチェンは、[[ロシア正教]]を放棄し、[[キリル文字]]から[[ラテン文字]]に変更するなど、脱ロシア化を推し進めていた。
 
チェチェンの脱ロシア化に危機感を抱いたロシアの[[ボリス・エリツィン]]大統領は、内務省治安維持部隊を派遣。首都[[グロズヌイ]]を制圧すべく攻撃を開始したがチェチェン軍の猛反撃に合い撤退を余儀なくされた。
1,139

回編集