「TKS (宇宙船)」の版間の差分

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TKSの意味、当宇宙船流用モジュールをTKS型と呼ぶことを記述。TKS宇宙船と書くとKの部分が船の意味なので変かなぁと思い削除
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|title= TKS宇宙船
|image= [[ファイル:TKS_spacecraft_drawing.png|250px]]
|header1= 基本項目
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[[ファイル:TKS cutaway.png|thumb|280px|TKSの断面図。太線内が与圧区画。]]
[[ファイル:Kosmos_1443_return_capsule.JPG|thumb|[[コスモス1443号]]の帰還カプセル。]]
'''TKS'''({{lang-ru|ТКС, Транспортный корабль снабжения}})(直訳すると「補給輸送船」を意味する)は、[[1970年代]]から[[1980年代]]にかけて[[ソビエト連邦]]が使用した、[[宇宙ステーション]]への人員・物資補給用の[[宇宙船]]。[[ソユーズ]]宇宙船の2.5倍以上<ref>同時期に使用されていた[[ソユーズの一覧#ソユーズT|ソユーズT]] (6,850 kg) との比較。</ref>の重量を持ち、打ち上げには[[プロトン (ロケット)|プロトン]]ロケットが用いられた。
 
[[1965年]]、ソ連は[[アルマース (宇宙ステーション)|アルマース]]と呼ばれる軍事宇宙ステーションの開発を始めた。これに人員や物資を輸送する手段として作られたのがTKSである。試験飛行は[[1976年]]に始まり、[[1981年]]には無人の補給ミッションの準備が整った。
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しかしアルマース計画は[[1978年]]の時点で既に中止されていた。TKSは代わりに非軍事目的の[[サリュート6号]]と[[サリュート7号|7号]]への補給に用いられたが、3回飛行しただけで1985年に退役した。乗員3名を乗せて打ち上げが可能なように設計されていたが、有人飛行は一度も行われなかった。
 
TKSは宇宙船としては成功しなかったが、その設計は[[クバント1|クバント]]や[[ザーリャ]]などの宇宙ステーションのモジュールに流用されており、これらをTKS型モジュールもしくはTKS型と称する
 
== 設計 ==
TKS宇宙船は、ソユーズ宇宙船や[[アポロ計画|アポロ宇宙船]]と同じように、機体の一部のみがカプセルとして地上に帰還する方式をとっていた。TKSの帰還カプセルはVAあるいは11F74と呼ばれた。[[アポロ司令・機械船|アポロ司令船]]に似た円錐形をしていたが、より小型で、再使用が可能だった。カプセルの上には帰還用の減速ロケットを備えたモジュールが、さらにその上には[[打ち上げ脱出システム|緊急脱出システム]]が結合していた。
 
カプセルの下部にはFGB(または11F72)と呼ばれる円筒形の[[与圧]]モジュールが結合していた。乗員はVAカプセルの底面に設けられたハッチを通じてVAとFGBを自由に行き来できた。このモジュールによりTKSは45m<sup>3</sup>という広い内部空間を確保していた(比較としてソユーズ宇宙船の容積は9m<sup>3</sup>程度しかない)。
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== 飛行 ==
TKS宇宙船に関連した宇宙飛行は合計7回(打ち上げに失敗した1回を除く)で、その全てが[[コスモス衛星]]として公表された。4回はVAカプセルのみを使用した[[大気圏再突入]]の実験であり、TKSが完全な形で飛行したのは4回だけだった。
 
* [[1976年]][[12月5日]] - コスモス881号・882号 - カプセルのみを二機同時打ち上げ。
* [[1977年]][[7月17日]] - [[コスモス929号]] (TKS-1) - TKS宇宙船全体の最初の試験飛行。
* [[1977年]][[8月5日]] - カプセルの打ち上げに失敗
* [[1978年]][[3月30日]] - コスモス997号・998号 - カプセルのみを二機同時打ち上げ。
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== 関連項目 ==
{{Commonscat|TKS spacecraft|TKS (宇宙船)}}
* [[無人宇宙補給機]]
* [[アルマース計画]]