「高田純次」の版間の差分

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幼少時、母親が32歳の若さで病没した後、父親とその再婚相手のいる家庭で育つ。
 
[[東京都立府中高等学校]]卒業。 [[東京芸術大学]]を受験する<ref>高田純次監修適当手帳より</ref>が不合格となり、その後[[東京デザイナー学院]]グラフィックデザイン科卒業<ref>[http://www.takeone-office.com/takada/takada.html 株式会社テイクワン・オフィス本人紹介]。東京デザイナー学院の[[同級生]]に[[J・A・シーザー]]がいるが、後に中退</ref>。学生時代からポスターその他広告媒体をデザイン・制作する[[アルバイト]]に励む。
 
[[1971年]]、[[自由劇場]]の舞台を見て俳優を志願。同劇団に入団し研究生となる。1年で退団し、[[イッセー尾形]]とともに劇団「うでくらべ」を結成するが、半年ほどで解散。
 
その後結婚したが、劇団の収入では生活出来できないこともあり、26歳の時に宝石販売会社に入社した。
 
[[1977年]]に「[[劇団東京乾電池]]」に入団。[[サラリーマン]]生活を捨て、再び劇団の世界へ入ったものの、当初は売れず。妻子を養うために「警察に捕まるようなこと以外の職は、一通りやった」と本人は語っている<ref name="angura">中京テレビ『あんたにグラッツェ!』にて{{いつ|date=2013年3月}}。</ref>。
 
テレビデビューは32歳の時で、『[[笑点]]』にてコントを披露した<ref>本人曰くギャラは三千円だったとのこと</ref>。その後、[[柄本明]]、[[ベンガル (俳優)|ベンガル]]らと共に『[[笑ってる場合ですよ!]]』に出演し、番組内コーナー「日刊乾電池ニュース」で土用波三助と称して出演し一躍知名度を上げる。劇団を離れた後は、主にテレビ番組出演に活動の場を移す。
 
[[1985年]]1月、34歳でテレビドラマ『[[毎度おさわがせします]]』(TBS)に出演する。
 
[[1988年]]に出演した[[中外製薬]]「[[グロンサン]]」(現在は[[ライオン (企業)|ライオン]]から発売)のCMが話題になり、CMの[[キャッチコピー]]「'''5時から男'''」で[[新語・流行語大賞]]の「流行語部門・大衆賞」を受賞した。
 
[[1990年代]]には、『[[象印クイズ ヒントでピント|象印クイズヒントでピント]]』、『[[クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!]]』(「'''純次ダンス'''」が人気を博した。後述)、『[[マジカル頭脳パワー!!]]』など多くの[[クイズ番組]]に解答者として出演。『[[どうぶつ奇想天外!]]』においては、レギュラー解答者として1993年10月の放送開始から2008年秋までの長きに渡って出演していた。
 
また、[[1994年]]からは[[中京テレビ放送|中京テレビ]]にて東海地区グルメ情報番組[[PS (テレビ番組)|PS]](開始当初は『[[P.S.愛してる!]]』)の司会を務め、同番組は現在でも長寿番組として人気を博している。東海地区では、[[麒麟麦酒|キリンビール]]や[[アサヒビール]]などのCMを始め、中京テレビの多くの[[特別番組|特番]]に出演するなど長年懇ろな間柄である。
*俳優として映画・ドラマへの出演もしており、主人公の父親・夫役などで重要な役柄を演じることも多くなっている。それも非常にシリアスなストーリー・役柄が多く、バラエティ時とは全く正反対の顔を披露している。[[PlayStation (ゲーム機)|プレイステーション]]のゲーム『[[ユーラシアエクスプレス殺人事件]]』でも、終始真面目な列車[[車掌]](重要な役)を演じている。
*[[下ネタ]]が大好きで、OAでは大抵「[[自主規制音|ピー音]]」などでマスキングされている。かなり露骨なことを男女問わず共演者に言ったり、[[ナンパ]]の際にも[[ダンディ]]な口調で暗にアタックする。また、自らも体を張って奇抜な格好をしたり、下着を脱ぐなどその年齢と芸歴をものともしない大胆な行動も得意とする。
*広げた右手の親指を[[おでこ]]の前に持っていき、左手は後ろに伸ばし、右の手のひらを「ヒラヒラ」させながら、[[ロデオ]]の馬のように激しく足をバタバタさせてくるくる回る「'''純次ダンス'''」が得意技。他、前かがみになり両手を前に出して手指をヒラヒラさせ、ピコピコと後進する場面も多い。[[渡辺正行]]はこの行動に関して「あれは喜びを表現しております」と、解説している<ref name="angura"/>。
*番組収録中に意味もなく脱ぐことでも有名だが、ほぼ[[お蔵入り]]になる。
*ひとしきりしゃべった後、他の出演者と全く絡まずにボーッとしていることがあり、この状態を「'''高田電池切れ'''」と言う。このために「'''充電'''」と称して、収録中であるにもかかわらずスタジオを退室してしまうことがある。
**『[[踊る!さんま御殿!!]]』や『[[うたばん]]』で、電池切れになって本番中に寝ていたことがある。さらに、『[[快傑熟女!心配ご無用]]』では、パネラーのやりとりの最中に居眠りをしていたところを[[和田アキ子]]に突っ込まれている。
*トーク・バラエティ番組の冒頭場面(いわゆるつかみ・フリの部分)で唐突に話し始め、番組進行を脱線させる。[[明石家さんま]]は「純ちゃんの話は'''足踏みトーク'''なんですよ」と評している。しかし、さんま自身もこの類いのネタを高田に期待している部分もある。
*一方で『[[金子柱憲・高田純次ゴルフの王道]]』の収録では終始真面目にゴルフをしており、エンディングのトークコーナーでも余計なことは言わない<ref>共演者と全く絡まずに、ボーッとしていることもある</ref>。だが、番組で共演している[[金子柱憲]]プロに関しては、よく他の番組で悪口を言っている。
 
=== 私生活 ===
*子供の頃は近所の人たちから[[神童]]と呼ばれていたと言われ<ref>高田純次監修適当手帳、中京テレビ『ろみひー』『高田・大竹・渡辺のオヤジ三人旅』より{{いつ|date=2013年3月}}。</ref>、中学時代までは成績はトップクラスであったという。
*高校時代のあだ名は「国領のニワトリ」。
*夫人との間に二女がおり、[[1983年]]には[[花王]]<!--「[[ビーズ]]」→「ビーズ」だったでしょうか? また、「ビーズ」との表記だけでは、装飾品などで使われる小さくて穴のあいたものとなってしまいます。ご存知の方の追記・校正を望みます-->や、[[エバラ]][[焼肉のたれ]]のCMに一家揃って出演した。長女は「TAGE」(タージュ)のデザイナー、女はアルバイトをしながら美術活動(銅版画作家)をしていると話している。また孫もいる。
*自動車好きとしても有名。現在は[[アストンマーチン・DB9]]を所有。また[[フォルクスワーゲン・トゥアレグ]]W12に乗っているとも話している。そして「[[時速]]800kmで衝突した」と話す。
*[[ダイヤモンド]]鑑定士の資格を持つ<ref>『[[世界一受けたい授業]]』にて発言{{いつ|date=2013年3月}}。</ref>。そのためダイヤモンドなどの宝石の価値、デザイン、原価・販売価格に関して「高田節」を交えつつ話し、バラエティ番組などではその技術力に対し一定の評価を得ることもある。
*[[還暦]]を迎えてもなおダンディかつエレガントな印象を与える容姿から、外見だけは女性からの受けもよい。
*[[芸能事務所|芸能プロダクション]]の経営者でもある。一時所属タレントであった[[麻木久仁子]]によると、普段はテレビに出ているのと変わらないが、年に一回の[[ギャランティー|ギャラ]]交渉のときだけは一切冗談も言わず、目も笑っていないという。
*高田と同世代から20代にかけての男性達に「高田さんみたいな生き方に憧れる」「高田さんみたいに歳をとれたら最高だ」と言われることが多い。「単に奇抜な格好をしたり適当なことを言っているだけの人」とは思われていない人柄、幅広い人々から愛される生き方をするタイプである。
*[[1970年代]]に、当時高校生の[[小川菜摘]]をナンパしたことがある。
*過去にたまたまナンパした相手が娘の同級生だったことがある<ref>[[2010年]][[1月13日]]の『[[爽快情報バラエティー スッキリ!!]]』で発言</ref>。
*企業の宴会に呼ばれたとき、異常な盛り上がり方をしていた宴会を見て「俺、やることないから後は適当に…」と宴会の幹事に告げ、営業を適当に済ませたことがある。
 
*中京テレビの[[中京ローカル|ローカル]]番組で[[1994年]]から放送されている『[[P.S.愛してる!]]』(現:『[[PS (テレビ番組)|PS]]』)では、様々な内容の話題が取り上げられるため、シリアスな話題の時には終始一貫していつものキャラクターとは違う落ち着いた態度で出演し、たびたび涙も見せ話題となった。初代の相手役である[[上沼恵美子]]との羽目を外しすぎない程度での"応酬"に近い司会ぶりも、番組長寿化につながる一因となった。
*『[[新型学問 はまる!ツボ学]]』にて、高田のサインが毎回違うことが検証され、3度の機会でそれぞれ異なるサインを行った。
*『[[オレたちひょうきん族]]』の番組内コント「[[タケちゃんマン]]」で主要キャラクターの一人・'''[[タケちゃんマン#ブラックデビル|ブラックデビル]]'''役を演じるも、第1回の収録後に[[流行性耳下腺炎|おたふく風邪]]にかかり降板。彼の代役として抜擢された明石家さんまがそのままレギュラーとなりブレイク。よって、世間では「ブラックデビル=さんま」という印象が強い。
* 『[[象印クイズ ヒントでピント]]』では、高田は中期 - 末期にかけて長期間出演し、その珍解答ぶりを見せた。しかし、[[地名]]や[[地理]]、[[風景]]に関する問題は非常に得意であり、男性軍を「象印賞」に持ち込んだことがよくあった。また高田は男性軍の[[ムードメーカー]]でもあった。
*『[[はなまるマーケット]]』のゲストコーナー『[[はなまるマーケット#はなまるカフェ|はなまるカフェ]]』に出演した際、「若くて元気な秘訣は?」と問われると「よく寝ることかな。2〜3時間くらい」と答えたり「家では伝統行事みたいなことはやらないですね。[[カボチャ]]の中に灯り点けたり…あ、それは[[ハロウィン|アメリカの行事]]か。あと、[[お盆#地方の風習|キュウリに足つけて流したり]]」と、朝から適当さを全開させている。
**さらに『どうぶつ奇想天外!』のスタッフから送られたという[[日本酒]]の一品『女殺し』の特製品写真を公開し笑いを誘っているだけではなく、パンツ1枚の格好でロディオマシーンに乗っている写真をも公開する。「事務所的に問題はないんですか?」との問いに「'''事務所的にはねぇ…俺が社長だから、まずいなぁ'''」と、徹底して適当りを披露する。
 
===『世界まる見え!テレビ特捜部』でのエピソード ===
*オーストラリアのトークバラエティ番組『トゥナイトライブ』で女子[[留学|留学生]]を取り上げた回を放送した際、その女子留学生が日本の代表的コメディアンとして高田の名を挙げていた。それを受けて番組スタッフが高田を連れ[[オーストラリア]]へ直行。そして、女子留学生と合流し『トゥナイトライブ』に[[バズーカ (曖昧さ回避)|バズーカ]]を持って出演(高田の紹介VTRは『元気が出るテレビ』での数々の登場シーンであった)。スタジオに登場するやいなや、いきなり高田は司会者めがけてバズーカを一発撃砲し、会場を大いに沸かせた。その後、高田は番組進行を全く無視し、[[通訳]]をしていた女性留学生そっちのけで'''「バスーカー イズ マイラバー」「ドンウォリー、ビーハッピー!」'''など、思いつきのたった5つの英単語を繰り返し発音するのみで適当に受け答えをしていた<ref>「…マイラバー」は司会者に「私のゴム?」と勘違いされた</ref>。そんな高田に、司会者から早朝バズーカをリクエストされる。このため夜の街に出て一般人の家に乗り込み、その家の人がこの番組を見ていないと知ると'''「オー、バッドボーイ! バッドボーイ!」'''とバズーカを撃ったり、家の玄関口でバズーカを撃っていた。これは[[パトロールカー|パトカー]]が出動するほどの騒ぎとなる。番組スタッフは面白がって「パトカーも撃ってくれ」と言ってきたが、さすがに止めたという。これは『世界まる見え2時間スペシャル』枠で放送された。後に住民から騒音被害で訴えられ、オーストラリアで[[指名手配]]された。後に『トゥナイトライブ』の司会者も[[ビートたけし]]が自ら出した「たけしの方が凄い」という自薦の手紙を受け来日し、『世界まる見え』で高田と対面している。指名手配についてはその後どうなったかは公表されていない。
 
===『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』でのエピソード ===
*『[[天才・たけしの元気が出るテレビ!!]]』の番組ロケでも、奇抜な格好での[[リポート]]や突飛なギャグコメントなど、高田純次節を遺憾なく発揮。多くの視聴者たちから人気を博し、この番組について語る上で欠かせない存在となっている。また、デビュー前の[[X JAPAN]]の[[YOSHIKI]](当時はゲイリーYOSHIKI)が芸能人として初めて接した人物が高田であった。
*この番組での破天荒なレポーター役で高田の人気と知名度は大ブレイクした。「この仕事をもらった時は他に仕事もなく生活もきつかったので思い切りやった。ロケはほとんどがぶっつけ本番だったよ」と高田は語っている。
*[[ソウル特別市|ソウル]]の[[梨花女子大学]]の校門前で、女子学生に「'''あなたは[[処女]]ですか?'''」といつもの調子で質問。その中に韓国政府要人の娘がおり、高田の質問自体も[[大韓民国|韓国]]の[[儒教]]文化を軽視していることから政府側が憤慨。ブラックリストに載せられ「5年間入国禁止令」まで出されてしまった。
*この番組内で高田は[[清川虹子]]の家に押しかけ、高田が清川の[[]]に[[レンズ#ルーペ|ルーペ]]を当てて唇が巨大化しているように見せた(清川自身はこの時気づいていなかった)。さらに清川が愛用している[[ダイヤモンド]]の[[指輪]]を鑑定中「これは、素晴らしいですね〜」、そしてダイヤを嗅ぎ始め「非常にいい香りがしますね…」などと語っていると突然口に入れてしまい、ビックリした清川が指輪を飲まれちゃ大変と「あ〜あ!何やってんの! 出しなさいよ!!」と高田の頬を軽く数回叩いた。するとあらかじめ口に含んでいた[[チューインガム|ガム]]まみれの状態で吐き出すという事件を起こす。しかし、このシーンは、現在でも『元気が出るテレビ』の爆笑シーンの1つとして語り草となり、他の番組のゲストに来た高田の過去の映像として何度も放送されている。
**後年『[[めちゃ×2イケてるッ!|めちゃ<sup>2</sup>イケてるッ!]]』で、指輪を前にした[[岡村隆史]]が「'''一回やってみたかったんです'''」といきなり真似し、「高田純次の天才的ボケより」と紹介された。清川との一件の後も、高田は[[小林孝至]]の[[金メダル]]も口に含んだことがある。
*[[東京大学]]を目指す受験生達を応援するコーナーがあり、素人出演者のなかでも特にメイン扱いの2浪の[[広瀬伸哉]]は高田に受験勉強を邪魔されるなど毎回格好のイジラレ役であった。最終回で東大合格発表を見に行き、出演者中広瀬だけが不合格という結果に終わる。号泣しながら高田の元へ戻ってきた広瀬に高田は普段のテキトーな姿を一切見せることなく、ポケットに片手を突っ込みただ黙って広瀬の肩を抱き涙を流した。当時の国民的人気番組レギュラーとしてすでに「テキトーキャラ」が浸透していた高田純次が、初めてブラウン管で見せた素の姿は視聴者に強い印象を残した。
**なお、広瀬は[[慶應義塾大学]]に入学し新たなスタートを切るも、番組終了後の1999年に[[岩手県]]のスキー場で事故に遭い他界。広瀬の葬儀に参列した高田が号泣していたといわれている。
*[[雨上がり決死隊]]の[[宮迫博之]]は高田のような芸人になるのが目標である。
*[[アンタッチャブル (お笑いコンビ)|アンタッチャブル]]の[[柴田英嗣]]は、昔からの憧れのカリスマとして高田の名を挙げていた。しかし、あまりのいい加減さにこれは無理だと思って、逆にしっかりしたキャラクターになった。逆に相方の[[山崎弘也]]は高田のいい加減さを崇拝しキャラに盛り込んでいる。
*[[古田敦也]]は「50歳過ぎたら、高田純次になりたい」と言っている。なお、この発言を耳にした高田は'''「俺も60過ぎたら、古田敦也になりたいと思っているんだけどね」'''と適当なことを言った。
*[[タモリ]]は「この人はおかしいんじゃないかと。(適当な)この俺でさえ微かに不安を覚える人物。[[ティッシュペーパー]]のように何ら厚みがない。ああいう人がちゃんと成立する分野がないと、やっぱり社会はおもしろくない」と評した。
*『[[あんたにグラッツェ!]]』で共演した[[大竹まこと]]からは同番組内で「…どうしてそんなに欲望に素直に生きていけるの?」、[[渡辺正行]]からは「しばし“高田純次の至芸”を堪能致しましょう」と感心されている。しかし、高田のあまりにも暴走したギャグにわざと突っ込みを入れず、半ベソの高田に対して'''「もうアンタには甘い顔をしないんだ!」'''と突き離す場面も見受けられる。
*2007年5月に放映された『[[1億人の大質問!?笑ってコラえて!|笑ってコラえて!]]』では、番組冒頭のゲスト紹介の後、高田が何もしゃべっていないにもかかわらず[[所ジョージ]]からいきなり「番組潰しに来たでしょ?」と突っ込まれる。
*『[[ろみひー]]』では、[[飯島愛]]が番組初の「0点」の評価をする([[ろみひー#芸能人マル秘履歴SHOW]]を参照)。理由は「高田さんにはもう何も言うことはありません」(飯島談)とのこと<ref>このときの履歴書の賞罰欄に、象印賞と書いた。</ref>。
*[[高嶋ちさ子]]が帰国し、どの芸能事務所に所属するか考えていた際、高嶋の演奏する曲を『[[金子柱憲・高田純次ゴルフの王道]]』で採用してくれたことと、高田から声をかけてくれたとの理由で高嶋は[[ホリプロ]]からのオファーを断り、高田と同じ事務所と契約した。ただし、高嶋は高田の「笑い」も事務所所属決定条件に入れていた<ref>高嶋が2006年に出演したTBS『ぴったんこ・カンカン』にて、司会の[[安住紳一郎]]に語っている</ref>。
*みのもんたからは「タレントとしての純ちゃんは最高だ」と高く評価している。
*[[島田紳助]]は「高田さん格好いいでしょ。唯一の欠点は、他人の話を聞かないこと」と評した。<ref>2004年春放の『芸能界の厳しさ教えますスペシャル!』にて</ref>
 
== 主な適当発言 ==
様々な適当発言を残している高田。高田の日頃からの適当な発言をまとめたサイトがあり(「'''[http://ww6.enjoy.ne.jp/%7Eare/takada.html 高田純次発言集]'''」を参照)、発言の数は1000を数える(2007年4月現在)。このサイトは、高田が『[[雨上がり決死隊のトーク番組アメトーーク!|アメトーーク]]』にゲスト出演したときに紹介された。
 
*「こんにちは、[[アンジェリーナ・ジョリー]]です」
*[[元旦まで感動生放送!史上最大39時間テレビ「ずっとあなたに見てほしい 年末年始は眠らない」]](1992年末 - 1993年1月1日、TBS) - 総合司会。
*[[衝撃の映像クラッシュ]](1993年 - 2001年4月20日、TBS) - [[楠田枝里子]]とともに司会。
*[[ARIGA-10]](1993年4月 - 1993年12月、TBS)
**[[ARIGA-10|純・メッキ]](1994年1月 - 1994年3月、TBS)
*[[どうぶつ奇想天外!]](1993年10月16日 - 2008年9月、TBS) - 解答者。
*[[P.S.愛してる!]](1994年4月10日 - 2001年9月30日、中京テレビ) - [[上沼恵美子]]とともに司会。
*史上最強1000問対決!クイズで敵をぶっつぶせ!CRASH(1996年1月5日、フジテレビ) - 司会。
*[[バリキン7 賢者の戦略]](1996年10月17日 - 1997年9月11日、TBS)
*[[梅辰どんぶり亭]](1997年頃<ref name="takeone-tv">{{Cite web |url=http://www.takeone-office.com/takada/t_tv.html |title=高田純次【テレビ】 |publisher=株式会社テイクワンオフィス |accessdate=2013-03-08}}</ref> - 2006年、中京テレビ)
*男3人ブラ珍クイズ旅シリーズ(1997年 - 2000年、TBS)
*[[快傑熟女!心配ご無用]](1997年4月15日 - 2000年9月、TBS) - 和田アキ子とともに司会。
*男3人ブラ珍クイズ旅シリーズ(1997年 - 2000(1998年、TBS)
*[[高田・久本・ビビアン 最強の料理人を探せ!!]](1998年頃<ref name="takeone-tv"/> - 2002年、中京テレビ)
**[[高田・久本・ビビアン 最強の料理人を探せ!!|高田・久本・ユンソナ 最強の料理人を探せ!!]](2004年9月23日、中京テレビ)
*[[金子柱憲・高田純次ゴルフの王道]](1998年4月4日 - 2006年9月3日、テレビ東京)
*[[ガチンコ!]](TBS) - 主に「ガチンコ!晩餐会」などのコーナーに隔週で登場。
 
== 外部リンク ==
* [http://www.takeone-office.com/ 株式会社テイクワンオフィス]
 
{{高田純次}}