「アンリ・ベクレル」の版間の差分
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実験を始めると、太陽光に当てたウランの[[硫酸カリウム]]塩が燐光を生じることをすぐに確認できた。さらに、太陽光にさらしたウラン塩を黒い紙で包んでも写真乾板が感光することを、1896年2月に発見している。最後の幸運は曇天(どんてん)が続き実験ができなかったことだった。実験再開に備え、ベクレルはウラン塩と乾板を一緒にしまっておいた。ところが実験を再開する前に確認すると、乾板が既に感光していることに気づいたのだった。ウランが発しているのが何らかの放射線であることは、空気の電離によって確認した。ウランの濃度に対する放射線の強度の分析や、ウラン以外の[[放射性元素]]の発見はピエール・キュリーとマリ・キュリーによる。
== 関連項目 ==
* [[放射能]]
* [[ウラン]]
== 外部リンク ==
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