「パット・シモンズ」の版間の差分

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しかし[[2008年シンガポールグランプリ]]において、ルノーチームが[[フェルナンド・アロンソ]]の順位を上げるため、[[ネルソン・ピケJr.]]に故意に事故を起こさせたというスキャンダル([[ネルソン・ピケJr.#クラッシュゲート|クラッシュゲート]])が発覚。シモンズはマネージングディレクターの[[フラビオ・ブリアトーレ]]と共にピケJr.に指示を与えた罪が疑われ、2009年の公聴会の直前、ブリアトーレと共にルノーから離脱した。その後の裁定で、FIAの管轄するすべてのモータースポーツカテゴリーにおいて5年間の関与禁止(追放)という処分を受けた。
 
=== ヴァージン/マルシャ時代(2011年 - ) ===
ルノーから離脱後、シモンズは自身のコンサルタント会社「ニュートリノ・ダイナミクス」を通じて様々なプロジェクトに関わった。また、イギリスの『F1 Racing』誌にてエンジニアリング関連のコラムを執筆した。