「日本とシンガポールの関係」の版間の差分

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初めてシンガポールに居住した日本人は[[1862年]]にやってきた[[音吉|山本音吉]]である<ref>{{harvnb|Tan|2008}}</ref>。日本人が多く移住してきたのは[[明治維新]]後の1870年代のことで<ref>{{harvnb|Shimizu|Hirakawa|1999|p=25}}</ref>、初期にシンガポールにやってきた日本人の中には、後に[[からゆきさん]]として知られることとなる多くの[[売春婦]]が含まれていた。最初の売春婦がやってきたのは[[1870年]]もしくは[[1871年]]のことで、[[1889年]]には134人の売春婦が居住していた<ref>{{harvnb|Shimizu|Hirakawa|1999|p=25}}</ref>。
 
[[第一次世界大戦]]が始まると、[[東南アジア]]に向けた[[ヨーロッパ]]からの輸入が止まり、日本製品がそれに取って代わった。これが引き金となり、シンガポールの日本人経済の中心は[[小売|小売業]]、[[貿易|貿易業]]へと変化していった<ref>{{harvnb|Shiraishi|Shiraishi|1993|p=9}}</ref>。
 
[[太平洋戦争]]中にイギリスの植民地化にあったシンガポールを[[山下奉文]]中将が率いる[[大日本帝国陸軍|日本陸軍]]が[[1942年]][[2月7日]]に攻撃開始、[[2月15日]]にシンガポールが陥落した。その後は日本陸軍による軍政が敷かれ、シンガポールは「'''昭南島'''(しょうなんとう)」と改名された。なお、昭南島とは「昭和の時代に得た南の島」の意とされている。軍政下の行政組織として「昭南特別市」が設置され、初代市長には、日本人内務官僚の[[大達茂雄]]が任命された。
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