「岐山県」の版間の差分

編集の要約なし
(zh:岐山县 2013年3月11日 (一) 12:40‎ より翻訳)
岐山は、伝説上は[[炎帝]]([[神農]]氏の部落連盟の首領の名称)が本拠とした場所とされる。
 
岐山は[[周]]王朝の発祥の地でもある。[[古公亶父|周太王]](周王朝初代の[[武王 (周)|周武王]]の曽祖父)が岐山のふもとに遷ってから[[平王 (周)|周平王]]が東の洛邑へ遷るまでの400年間近くの間、岐山は西周の中心地であった。周公廟や'''[[周原]]'''遺跡、鳳雛遺跡があり、周朝の文物が数多く出土するが、特に[[青銅器]]が知られている。
 
[[487年]]([[北魏]]の太和十一年)に'''[[岐州]]'''(州治は現在の[[鳳翔県]]の南部)が置かれ、3郡9県を支配した。[[平秦郡]](郡治は現在の鳳翔県南部)の[[周城県]](太平真君六年に設置)が岐山の東部を、橫水県(太平真君十年に周城県から分離)が岐山の西部を、[[武都郡]](郡治は現在の宝鶏市の東)の[[平陽県]](太平真君六年に設置)が岐山の南部を、[[武功郡]]の美陽県が岐山の東北部をそれぞれ管轄した。