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'''韓国国民党'''(かんこくこくみんとう)は、[[大韓民国|韓国]]の[[第五共和国 (大韓民国)|第五共和国]]時代の保守[[政党]]で、[[第三共和国 (大韓民国)|第三共和国]][[第四共和国 (大韓民国)|第四共和国]]時代の与党である[[民主共和党 (韓国)|民主共和党]](共和党)及び[[維新政友会]]所属していた[[国会 (大韓民国)|国会議員]]の一部が集まによって結成された。略称は'''国民党'''。
 
== 経緯 ==
[[19811980]][[1113125]]に結成された。旧・共和党と[[維新政友会]]所属の国会議員を中心18名よる(仮称)「韓国国民党」成決議を行い[[金鍾哲]]旧共和党党務委員を創党準備委員長に選出た。同年12月17日に創党準備会、81年[[1月27日]]に結成大会を開催、[[金鍾哲]]を党総裁及び第12大統領選挙候補に[[金鍾哲]]創党準備委員長を推薦した。同年[[3月24日]]の第11代総選挙で[[民主正義党]](151議席)、[[民主韓国党]](81議席)に次ぐ、25議席を確保し、第3党となった。国民党はその結成発起趣旨文で「極限的な対立論理と政治不在の惰性を共に排撃し、・・(中略)・・健全な政策政党としての任務を尽くそうとする」と自らの役割を示したが、実際には「体制圏」(韓国の議会権限の枠内)野党としての活動に留まった。1985年の第12代総選挙では辛うじて院内交渉団体を構成できる20議席を獲得したが、1987年10月、旧共和党総裁の[[金鍾泌]]が政界復帰し新党([[新民主共和党]])を創党すると議員6名を含む党員34名が離党、その後も議員の離党が相次いだ。
 
翌88年4月の総選挙では得票は1%にも満たず、当選者もいなかったため、直後に政党法の規定により解党された。
*韓国史編纂委員会 金容権編著『朝鮮韓国近現代史』[[日本評論社]]
*[http://enc.daum.net/dic100/contents.do?query1=b24h2614a {{lang|ko|한국국민당}} Daum-{{lang|ko|백과사전}}]
* 韓国中央選挙管理委員会編『大韓民国政党史』(韓国中央選挙管理委員会)
== 関連項目 ==
*[[大韓民国の政党]]
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