「名誉議員」の版間の差分

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== 国会の名誉議員 ==
半[[世紀]]以上にわたって[[衆議院]]議員を務めた[[尾崎行雄]](元[[司法大臣]])と[[三木武夫]](元[[内閣総理大臣]])に対して「衆議院名誉議員」の称号が贈られている<ref>1953年(昭和28年)7月20日『官報』第7961号「国会事項」および1990年(平成2年)11月30日『官報』号外第518号「国会事項」</ref>。[[原健三郎]]、[[中曽根康弘]]、[[桜内義雄]](桜内は衆参両院通算)も、同様に永年在職議員の特別表彰を受けた国会議員歴50年以上の有資格者であるが、財政難のため与野党の合意がとれず名誉議員の称号は棚上げとなっている(尾崎・三木の前例では名誉議員は国会内に[[胸像]]が建てられるため)。なお、このうち桜内は「父[[桜内幸雄]]の名前を書いた票は[[無効票]]とする」との判決が出て結果的に当選無効となった参議院議員としての在職期間を算入しなければ50年にならないが、公式に「国会議員在職50年」として表彰されたものである。
 
以上5人の中の在職50年到達時最年少記録は中曽根の78歳11ヶ月。また、三木以降の4人はいずれも[[与党]]議員で、[[野党]]議員として在職50年を迎えた国会議員は戦後では存在しない。
 
[[1990年代]]に総理を務めた[[海部俊樹]]および[[宮澤喜一]]は国会議員在職49年前後だったが(宮澤は衆参通算)、落選・勇退のため断念している(宮澤は既に逝去)。同様の例では初当選から現職で死去するまで50年10か月だったが落選による空白があって在職50年に届かなかった元[[通商産業大臣|通産大臣]]の[[山中貞則]]がいる。
 
[[参議院]]議員として在職50年を迎えた例は存在しない(桜内義雄は衆参通算50年だが50年到達時は衆議院議員)。[[大日本帝国憲法]]下の[[貴族院 (日本)|貴族院]]においては、[[閑院宮載仁親王]]が貴族院創設(1890年)から逝去(1945年)まで議員であったが、皇族議員、特に載仁親王のような現役軍人の皇族議員の活動実態は皆無で、記録上のものにとどまる。公侯爵議員等については50年以上在職の例はなく、[[西園寺公望]]と[[徳川家達]]が貴族院創設以来49年数か月在職で[[1940年]]に死去している。なお、閑院宮は在職50年到達時70歳であった
 
== その他の名誉議員の称号 ==
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== 関連項目 ==
*[[栄誉職]]
*[[名誉称号]]
*[[名誉議長]]