「河野氏」の版間の差分

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河野氏は松山市北条付近に根拠地を持つ水軍が出自である。後に、道後に湯築城を築き、本拠を移したが、湯築城の宗家と湊山城の分家により、
勢力を二分する内紛を勃発する結果となった。内乱を繰り返すことによって、勢力を削ぎ、戦国大名として変移できなかった典型的地方豪族といえる。
一時河野家の兵力は、瀬戸内最大規模の水軍となり、[[河野水軍]]とも呼ばれた。これは、道前平野での稲作による豊富な食料確保が可能であったからであり、
島嶼部に拠点を置いた他の水軍との大きな相違点でもある。
 
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