「GUAM」の版間の差分

2001年のヤルタ憲章、および2006年のキエフ憲章にこの機関の主要目的が明記されている。キエフ憲章によると「'''自由、民主主義、人権擁護、法の支配等の共通の価値'''」を広げる、と書かれている。ただし、この機関の歴史を見て、それぞれの加盟国が必ずしもこの目的を全うするよう行動したとは言いがたい。結成初期に見られた四カ国の共通点は比較的親欧米路線で、ロシアとは政治・領土・エネルギー問題で対立関係にあるというところであったが、政治状況の変化から、ロシアとの対立関係、および欧米との協力関係もまた一様ではなかった。
 
ウズベキスタンは[[2001年]]の[[対テロ戦争]]への協力でも明らかなように、親欧米路線を取っていたが、[[2002年]]からは離脱を表明、GUUAMの会議にも出席していなかった。最終的に、[[2005年]]に起きた国民の反政府運動が欧米勢力に煽動されたものとして、親露へ転じて脱退した。なお、ウズベキスタンはGUAM加盟の数年後、[[上海協力機構]]の結成メンバーり、当初より4その他四国と性格足踏み異にしてい揃えることは少なかった。
 
しかし、その後モルドバとアゼルバイジャンは[[全方位外交]]路線へと方針展開し、ウクライナでもロシアとの関係改善を掲げる[[ヴィクトル・ヤヌコーヴィチ]]が大統領に就任、グルジアも2012年の選挙でロシアとの関係改善を掲げたイヴァシヴィリが大統領に選出された。
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