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==その他==
[[1863年]]([[文久]]3年)7月場所、新関脇に昇進した[[陣幕久五郎]]は番付上では張出関脇となり、関脇の張出はこれが最初となった。ちなみに張出横綱(1人横綱の張出は除く)は[[1904年]](明治37年)1月場所の[[大砲万右エ門]]、張出大関は1890年5月場所の[[剣山谷右エ門]]、張出小結は[[1888年]](明治21年)5月場所の[[嵐山捨吉]]、張出前頭は[[1793年]]([[寛政]]5年)3月場所の[[関ノ戸八郎治]]がそれぞれ張出の最初である。
 
[[1994年]]([[平成]]6年)7月場所より、三役陣に同じ地位に3人以上の力士が出ても欄外へ張り出さず、欄内に連記されることになった。現在の制度としては「張出」は存在せず、例として「関脇・2」「大関・3」や「関脇2枚目」「大関3枚目」などと呼ばれている。但し、一部の大相撲解説者や好角家(大相撲ファン)などの間では、今も同じ地位で最上位の力士を「正~」、次位以降の力士を「張出~」と呼ぶ場合も存在している。