「慶應義塾高等学校」の版間の差分

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{{日本の高等学校
|校名 = 慶應義塾高等学校
|画像 = [[画像:慶應高校(M).jpg|280px]]
|過去校名 =
|国公私立 = [[私立学校]]
|設置者 = [[学校法人慶應義塾]]
|設立年月日 = [[1948年]]
|併合学校 = 慶應義塾第一高等学校<br />慶應義塾第二高等学校
|建学の精神 = 独立自尊
|創立者 = [[福澤諭吉]]
|共学・別学 = [[男女別学]](男子校)
|中高一貫教育 = 併設型<br/>([[慶應義塾普通部]]との関係)<br/>連携型<br/>([[慶應義塾中等部]]との関係)<ref>[http://www.edu-network.jp/user_data/packages/en/download/dl01_pdf/jst01109.pdf 公立中高一貫校入選(入試)概況(速報中学入試データ2012)2012)]の「中高一貫校の種類について」のうち「①連携型」には、「私立中高で言えば、慶應義塾中等部と慶應義塾高校・同女子高校・同志木高校との関係に近いものです。」と記載されている。</ref>
|課程 = [[全日制課程]]
|単位制・学年制 = [[学年制]]
|設置学科 = [[普通科 (学校)|普通科]]
|学期 = [[2学期制]]
|高校コード = 14523J
|郵便番号 = 223-8524
|所在地 = [[神奈川県]][[横浜市]][[港北区]][[日吉 (横浜市)|日吉]]四丁目1番2号
| 緯度度 =35 35|緯度分 =33 33|緯度秒 = 5.16
| 経度度 =139 139|経度分 =38 38|経度秒 = 58.7
|外部リンク = [http://www.hs.keio.ac.jp/ 公式サイト]
}}
'''慶應義塾高等学校'''(けいおうぎじゅくこうとうがっこう、英語名:Keio Senior High School)は、[[神奈川県]][[横浜市]][[港北区]][[日吉 (横浜市)|日吉]]四丁目(旧[[橘樹郡]][[日吉村 (神奈川県)|日吉村]])に所在し、[[中高一貫教育]]を提供する[[私立学校|私立]][[高等学校]]。[[慶應義塾普通部]]または[[慶應義塾中等部]]を卒業した者と国立しくは公立の[[中学校]]を卒業し、または私立高等学校を併設しない私立中学校を卒業した者などとの間では、高等学校第1学年から混合してクラスを編成する[[中高一貫校]]<ref>[http://koukou.passnavi.com/index.php/component/obsearch?id=22050 慶應義塾高校の学校情報(高校受験パスナビ)]([[旺文社]])の「ワンポイント情報」の冒頭による。</ref>。
 
'''慶應義塾高等学校'''(けいおうぎじゅくこうとうがっこう、英語名:Keio Senior High School)は、[[神奈川県]][[横浜市]][[港北区]][[日吉 (横浜市)|日吉]]四丁目(旧[[橘樹郡]][[日吉村 (神奈川県)|日吉村]])に所在し、[[中高一貫教育]]を提供する[[私立学校|私立]][[高等学校]]。[[慶應義塾普通部]]又は[[慶應義塾中等部]]を卒業した者と国立若しくは公立の[[中学校]]を卒業し、又は私立高等学校を併設しない私立中学校を卒業した者などとの間では、高等学校第1学年から混合してクラスを編成する[[中高一貫校]]<ref>[http://koukou.passnavi.com/index.php/component/obsearch?id=22050 慶應義塾高校の学校情報(高校受験パスナビ)]([[旺文社]])の「ワンポイント情報」の冒頭による。</ref>。
 
== 概要 ==
通称'''塾高'''(じゅくこう) 日吉。[[高校野球]]での校名表記では'''慶応'''(原則として新字体を用いることになっているため)である。入学者の半数強が外部受験者で、残りが[[慶應義塾普通部|普通部]]・[[慶應義塾中等部|中等部]]からの内部進学者([[慶應義塾幼稚舎|幼稚舎]]卒を含む)であり、1学年の人数が700名を越す<ref>[http://www.study1.jp/detail/210 慶應義塾普通部(中学受験スタディ)]の「基本情報」によれば、慶應義塾普通部を卒業した者の90%が慶應義塾高等学校に進学し、2008年度の慶應義塾高等学校の第1学年の生徒の内訳は、慶應義塾普通部又は慶應義塾中等部を卒業した者は375人、国公立中学校又は私立高等学校を併設しない私立中学校を卒業した者などは343人である。</ref><ref>[http://www.study1.jp/detail/150 慶應義塾中等部(中学受験スタディ)]の「基本情報」によれば、慶應義塾中等部を卒業した者のうち141人が慶應義塾高等学校に入学した。</ref>。[[高校受験]]における募集枠は一般約330名、推薦40名である。ほぼ全員が[[大学受験]]をせずに[[慶應義塾大学]]に進学できるため、首都圏屈指の難関校となっている。
 
また、国会議員(現役)や一部上場企業社長(現役)を務める卒業生の数は、全国の高校で最多である<ref>『読売ウィークリー』2005年2月27日号</ref>。
 
== 沿革 ==
* [[1948年]] - 旧制の慶應義塾普通部・商工学校を基に慶應義塾第一高等学校・第二高等学校が発足
* [[1949年]] - 慶應義塾第一高等学校・第二高等学校が統合、慶應義塾高等学校となる。日吉校地に移転。
* [[1963年]] - 日吉会堂完成
* [[1969年]] - 『慶應義塾高等学校紀要』を創刊
 
== 特色 ==
=== 組織・運営 ===
[[File:日吉祭2009.jpg|200px|right|thumb|2009年日吉祭]]
[[File:日吉祭.jpg|200px|right|thumb|日吉祭会場]]
 
*現校長は[[慶應義塾大学]][[理工学部]]教授の[[大谷弘道]]。
*[[慶應義塾]]の一貫教育校であり、(一部の他大学進学者<ref>国内の場合[[東京大学]][[法学部]]もしくは国立大学医学部が殆どである。[[芸術大学]]、[[歯学部]]のある大学等に進学する者も一部存在する。島田裕巳によれば、慶大には歯学部がないにも関わらず「歯学[[三田会]]」が存在するのは、[[高山紀齋]]や[[血脇守之助]]などが慶應義塾出身であることと無縁ではない<!-- 歯学以外のどの分野でも三田会があるので文意を変えました。 -->。[[島田裕巳]]著『慶應三田会 組織とその全貌』(三修社、2007年)を参照。</ref>を除き)一定の成績を修めたほとんどの生徒が、卒業後慶大に推薦入学する。
*施設は、[[天体望遠鏡]]、[[プラネタリウム]]、[[フーコーの振り子]]といった設備がある。
 
=== 学生生活・部活動 ===
*部活動は体育系、文化系とも数も参加者も多く、[[野球]]部・端艇(ボート)部・[[ラグビー]]部・[[映画]]部クラブが多数ある一方で、高校では珍しい自動車部や、慶應義塾ならではの福澤研究会といった、特色ある部が存在する。その反面、部員ゼロという状態が続く部も少数ながら存在する。
*演劇部、ESS、楽友会、ワグネル・ソサィエティー・オーケストラ、マンドリンクラブ等の文化系部活動は、[[慶應義塾女子高等学校|女子高等学校]]と協同で行っている。活動場所も、部活動によっては[[三田 (東京都港区)|三田]]の女子高等学校校舎を利用している。
*全校的学外活動としては、一般の修学旅行に当たる選択旅行や、1年次の親睦旅行がある。
 
==== 硬式野球部 ====
*起源は[[1888年]]創部の三田ベースボール倶楽部。1948年の高等学校開設とともに高等学校野球部となり、現在に至る。
*[[1916年]]の[[第2回全国中等学校優勝野球大会]](現在の夏の甲子園)に慶應義塾普通部として出場し、優勝している。
== 塾高がモデルになった作品 ==
*[[石原慎太郎]]の小説『[[太陽の季節]]』 - 著者の弟・[[石原裕次郎|裕次郎]]の塾高における日常をモデルに書かれた作品。
*[[松本隆]]の小説『微熱少年』 - 東急東横線沿線にある「小高い丘の上」の大学の附属高校が舞台になっている(p (p.79 - 80)80)。その一節より、「学生服のボタンを見ただけで、初対面の女の子たちの応対が変わるのが厭だった。彼女達の評価してるのは、自分の服で、中身でないような気がした」(p(p.80)80)
 
== 高校関係者一覧 ==
*[[慶應義塾高等学校の人物一覧]]を参照。
 
== 関連項目 ==
* [[瞳みのる|人見豊]]
* [[神奈川県高等学校一覧]]
 
== 外部リンク ==
*[http://www.hs.keio.ac.jp/ 慶應義塾高等学校]
*[http://www.jukuko.jp/ 慶應義塾高等学校同窓会]
 
== 脚注および参照 ==
{{脚注ヘルプ}}
<references />
 
{{Commonscat|Keio University|慶應義塾}}
{{学校法人慶應義塾}}
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