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共和政の後期に、戦術における基本的な部隊の単位としてマニプルスに替わり[[コホルス|コホルト]](Cohort、大隊)が用いられるようになった。マリウスの軍制改革により従来の市民兵的な性格から職業軍人の性格へと変貌しており、先の四隊列の区別はほとんど消滅しており、各司令官の裁量に任される事となった。大隊は6から8つのケントゥリアから構成され(第一コホルトのみ12と二倍のケントゥリア)読み書きのできる副官を補佐としたケントゥリオにより率いられていた。従来のマニプルスからこのケントゥリオが改革以降のローマ軍団の中核を成すようになる。またケントゥリオの筆頭はプリムス・ピルス(Primus Pilus、一番槍)と呼ばれる第一コホルトを率いる職業軍人であり、軍団長の顧問ともなった。
 
軍団は多くの野営随行者や使用人・奴隷を引き連れていたため、実際の戦闘員は4800人ほどであった。最大6000名にまで増やすことができたが、軍団の指揮官が反乱を起こすことを怖れて1000名ほどに減らされた時期も度々あった。内乱の一世紀、ポンペイウスが律儀に百人隊を定員通り(ポンペイウス派には元老院派議員がほとんどついているため)に補充していた中、[[ガイウス・ユリウス・カエサル|カエサル]]の軍団だけがおよそ3500人を保有していた。これは歴戦で兵が目減りしてたことに加え、カエサルは隊の一体性・質を重視したので新兵を既存の百人隊に補充しなかったからである(代わりに新しい軍団として組織し、別方面の部下に任せた)。
 
== 兵種 ==
449

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