「パット・バレル」の版間の差分

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[[5月29日]]に[[サンフランシスコ・ジャイアンツ]]とマイナー契約。その後メジャー昇格し、18本塁打を記録。ジャイアンツの21年ぶりのリーグ優勝に貢献。リーグチャンピオンシップでは古巣のフィリーズとも対決した。[[テキサス・レンジャーズ]]との[[2010年のワールドシリーズ|ワールドシリーズ]]では13打数無安打11三振と不振に終わったが、自身2度目のワールドチャンピオンとなった。<br />
2011年、シーズン終了後、[[FA]]に。2012年1月30日、一部のアメリカのメディアが引退する意向だと報じた
 
2012年1月30日、一部のアメリカのメディアが引退する意向だと報じ、その後正式に引退を発表。フィリーズはバレルのフィリーズ時代の功績を称え、One Day Contract(一日契約)を行うと発表。2012年5月19日、一日限りのマイナー契約を結び、フィリーズの本拠地・[[シチズンズ・バンク・パーク]]で行われた対[[ボストン・レッドソックス]]戦で始球式を行い、ファンに別れを告げた<ref>{{cite web |url=http://philadelphia.phillies.mlb.com/news/article.jsp?ymd=20120519&content_id=31746648&vkey=news_phi&c_id=phi|title=Burrell emotional as he officially retires a Phillie|language=英語|accessdate=2013年5月8日}}</ref>。
 
フィリーズ時代に放った本塁打数251本は、フィリーズの選手としては歴代4位の記録となっている。
 
== 選手としての特徴 ==
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