「児玉誉士夫邸セスナ機特攻事件」の版間の差分

m (ボット: 言語間リンク 3 件をウィキデータ上の (d:Q3317214 に転記))
 
== 事件の背景 ==
「特攻機」を操縦していたのは子役出身で映画[[野良猫ロック]]や[[日活ロマンポルノ]]に「前野霜一郎」の芸名で出演していた[[俳優]]の前野光保(当時29歳)だった。
 
彼は児玉に敵対する[[左翼思想]]の持ち主ではなく、むしろその逆であった。かつては右翼の運動家であった児玉に心酔を尊敬ており、また、[[三島由紀夫]]にも心酔していた。
 
そうした中、ロッキード事件に絡んで起訴された児玉に対し裏切られたと感じた前野は、彼を「利権屋」と断じ、「天誅を下すべき」だとの思いから特攻に及んだものであった。事件前に犯行計画を知人に話していたという。また、[[警視庁]]は背後関係はなく前野の単独犯と断定している。
 
前野は調布飛行場から午前8時50分に離陸したが、その前に「映画のため」と記念撮影しており、その姿は[[第二次世界大戦]]の[[特別攻撃隊|神風特攻隊]]の[[特攻服]]を身に付けていた。また、離陸時には「七生報国」と書かれた[[日の丸]]の鉢巻をしていた。彼は特攻直前最期の無線通信では「'''天皇陛下万歳!'''」と叫んでいた。まさに現代の神風特攻隊を演じきっていたといえる。
匿名利用者