「岡崎令治」の版間の差分

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'''岡崎 令治'''(おかざき れいじ、男性、[[1930年]][[10月8日]] - [[1975年]][[8月1日]])は、日本の[[分子生物学]]者。[[広島市]]白島(現[[中区 (広島市)|中区]]白島)出身。[[ノーベル賞]]受賞を期待されながら急逝した、日本の分子生物学のパイオニア。
 
広島高等師範付属中(現[[広島大学附属中学校・高等学校|広島大学附属中学校]])2年の時、[[原子爆弾]]の[[黒い雨]]を浴びた。その後、岩国中学、[[第五高等学校]]を経て、[[1953年]][[名古屋大学]][[理学部]]生物学科卒業。[[発生生物学]]者山田常雄教授のもとで[[オーガナイザー]]について研究。
* [[広島県出身の有名人一覧]]
 
 
[[Category:生物学者|おかさき れいし]]
[[Category:日本の生物学者|おかさき れいし]]
[[Category:被爆者|おかさき れいし]]
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