「三の丸神社」の版間の差分

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[[寛永]]17年([[1640年]])に[[岡部宣勝]]が[[岸和田藩]]初代藩主として入城した後もそのまま置かれていたが、[[元禄]]16年([[1703年]])に3代藩主・[[岡部長泰|長泰]]が社を三の丸に移すとともに[[京都]]の[[伏見稲荷大社]]を[[勧請]]。このため「三の丸神社」と呼ばれるようになったという<ref name="kisibura"/>。
 
なお、その際に行なわれた稲荷祭が現在の[[岸和田だんじり祭]]の原型とも伝えられている<ref name="danjiri">{{Cite news|title=だんじり祭の歴史|url=http://www.city.kishiwada.osaka.jp/site/danjiri/rekishi.html|newspaper=大阪府岸和田市公式ウェブサイト:祭都きしわだ|date=2009-03-03|accessdate=2011年5月21日}}</ref>。また、現在では岸城神社・岸和田天神宮・弥栄神社で行なわれているだんじり祭での「宮入り」はかつては「城入り」と言われ、[[明治維新]]ごろまでは三の丸神社で行われていた<ref name="kisibura"/>。
 
== 今川義元の兜 ==