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流行の経緯としては、第1波は1918年3月に米国デトロイトやサウスカロライナ州付近などで最初の流行があり<ref name="isl"/>、米軍のヨーロッパ進軍と共に大西洋を渡り、5~6月に[[ヨーロッパ]]で流行した。第2波は、1918年秋にほぼ世界中で同時に起こり、[[病原性]]がさらに強まり、重症な[[合併症]]を起こし死者が急増した。第3波は、1919年春から秋にかけて第2波と同じく世界的に流行した(日本ではこの第3波が一番被害が大きかった)。1920年に死去した[[マックス・ヴェーバー]]も、スペインかぜによるとされる。また、最初に医療従事者の感染が多く、医療体制が崩壊してしまったため被害が拡大した。この経緯を教訓とし、2009年の新型インフルエンザによるパンデミックの際にはワクチンを医療従事者に優先接種することとなった。
 
世界規模で猛威を振るった病気であり、世界各国の膨大な数の死亡者の中には何らかの形で今日に名を残す数多くの著名人が含まれている。日本も例外ではなく、スペインかぜで死亡した代表的有名著名としては皇族以下[[竹田宮恒久王]]、元内務大臣の[[末松謙澄]]、[[東京駅]]の設計を担当した[[辰野金吾]]、劇作家の[[島村抱月]]、[[西郷隆盛]]の従兄弟である[[大山巌]]の夫で女子教育者の[[大山捨松]]、西郷の息子で軍人の[[西郷寅太郎]]、元[[第三高等学校 (旧制)|第三高等学校]](現在の[[京都大学]]前身)校長の[[折田彦市]]など挙げられる。
*[[竹田宮恒久王]](皇族)
*[[末松謙澄]](元内務大臣)
*[[辰野金吾]]([[東京駅]]の設計を担当した建築家)
*[[島村抱月]](劇作家)
*[[大山捨松]]([[西郷隆盛]]の従兄弟である[[大山巌]]の夫人で女子教育者)
*[[西郷寅太郎]](西郷の息子で軍人)
*[[折田彦市]](元[[第三高等学校 (旧制)|第三高等学校]](現在の[[京都大学]]前身)校長)
*[[野口シカ]]([[野口英世]]の母)
 
{{see also|:Category:スペインかぜ死亡者}}
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