「アート・ロック」の版間の差分

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'''アート・ロック'''は、主に[[1960年代]]後半に活躍した特定の要素を持つ[[ロック (音楽)|ロック]]・バンドや、その作品を分類した言葉。
 
日本のレコード会社が分類のために使い出したと言われている。ほぼ同時期に[[ニュー・ロック (音楽)|ニュー・ロック]]という言葉が生まれており、アート・ロックと似た様な意味で用いられる場合が多い。
 
== 概要 ==
この傾向のけん引役となった代表的なミュージシャンとして、[[クリーム (バンド)|クリーム]]、[[ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンス]]、[[ピンク・フロイド]]、[[ジェファーソン・エアプレイン]]、[[フランク・ザッパ]]、[[ドアーズ]]、[[ヴァニラ・ファッジ (バンド)|ヴァニラ・ファッジ]]、[[アンボイ・デュークス]]([[テッド・ニュージェント]])、[[ブラインド・フェイス]]、[[ヴェルヴェット・アンダーグラウンド]]などが挙げられる。特にレッド・ツェッペリンはシングルをイギリスでは発売しなかった。それまでヒットチャート重視だったポップバンドの中にも、早くからその傾向が表れた例がある。例えば[[ビートルズ]]は、それまでのアルバムがシングル・ヒットを寄せ集めたものが主体だったのに対し、1967年に、「[[サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド (アルバム)|サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド]]」という、アルバムに収録することを前提とした曲が多いアルバムを発表し、そして同年にデビューする[[トラフィック (バンド)|トラフィック]]もクォリティの高い音楽性で人気を得てゆく事となった。
 
[[ジョン・ロード]]がサウンドの主導権を握っていた、初期の[[ディープ・パープル]]もアート・ロックの範疇にあるとされていた。[[2011年]]現在『[[ディープ・パープル III]]』となっているアルバムの初期の邦題が『素晴らしきアート・ロックの世界』だったことからも明らかである。当時の所属レコード会社の意向もあり、ヴァニラ・ファッジを念頭に置いた音作りをしていたとされている
 
また、この傾向は1970年代に入ってさらに強まり、特に「[[プログレッシブ・ロック]]」と称される分野に受け継がれた。
こういった傾向の音楽を聴いた側が、「娯楽性」と同等もしくはそれ以上に「芸術性」が強いと感じ、それゆえ「アート」という言葉につながっていった。
 
また、この傾向は1970年代に入ってさらに強まり、特に「[[プログレッシブ・ロック]]」と称される分野に受け継がれた。
 
== 関連項目 ==
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