「佐野洋」の版間の差分

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{{otheruses|作家|情報工学者|佐野洋 (情報工学者)}}
{{出典の明記|date=2012年12月6日 (木) 01:10 (UTC)}}
{{Infobox 作家
| name = 佐野 洋
| birth_name = 丸山 一郎
| birth_date = {{生年月日と年齢|1928|5|22|no}}
| birth_place = [[東京府]][[東京市]][[大森 (大田区)|大森]]
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| death_place = [[神奈川県]][[川崎市]]
| occupation = 小説家
| language = [[日本語]]
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| alma_mater = [[東京大学]]文学部心理学科
| period = [[1958年]] - [[2013年]]
| genre = [[推理小説]]
| relations = [[丸山昇]](弟)
| awards = 第18回[[日本推理作家協会賞]]<br />第1回[[日本ミステリー文学大賞]]<br />第57回[[菊池寛賞]]
| debut_works = 『銅婚式』
}}
{{文学}}
'''佐野 洋'''(さの よう、[[1928年]][[5月22日]] - [[2013年]][[4月27日]])は[[日本]]の [[推理作家]]、[[評論家]]。本名は丸山一郎。
 
== 来歴 ==
[[東京市]][[大森 (大田区)|大森]]出身。[[第一高等学校 (旧制)|旧制一高]]に首席合格、[[東京大学]]文学部心理学科卒業。[[1953年]]、[[読売新聞社]]に入社。当初兼業作家だったため、ペンネームは「社の用」にかけて付けた。[[1959年]]に新聞社を退社。最も好きな推理作家として英国の[[アンドリュー・ガーヴ]]の名を挙げている。黒岩重吾に「血や汗を流していない小説」と批判され、「むしろ賛辞と受け止めたい」と返したほど知的遊戯としてのミステリを貫いているが、一方でシリーズ探偵には否定的立場を取り、エキセントリックな犯罪や大掛かりなトリックも排除するなど、ほどのよいリアリズム、中庸さが持ち味でもある。近年は雑誌発表短編を直接文庫本にまとめるケースが多い。論客であると同時に作家同士の交友には積極的なタイプで(上記の黒岩とも私生活上は親しい友人であった)、[[多岐川恭]]、[[河野典生]]、[[星新一]]、[[水上勉]]、[[結城昌治]]らとともに若手作家の親睦団体「他殺クラブ」を結成、のち[[笹沢左保]]、[[大藪春彦]]、[[都筑道夫]]、[[生島治郎]]、[[戸川昌子]]らも加えて70年ごろまで活動した。
 
1973年より「小説推理」誌に「推理日記」を連載。ベテランの実作者による推理小説時評として、さまざまな反響や議論も呼びつつ執筆は39年に及んだ。2012年7月号(5月発売)掲載分をもって連載終了とすることが8月下旬にいたって発表された(8(8月26日読売新聞電子版)
 
実弟の[[丸山昇]]は中国文学者で[[東京大学]][[名誉教授]]。兄弟ともに[[日本共産党]]の支持者として知られる。
「[[九条の会]]」傘下の「マスコミ九条の会」呼びかけ人を務めていた<ref>[http://www.masrescue9.jp/about_us/yobikake.html マスコミ九条の会(よびかけ人はだれですか)]</ref>。
 
2013年4月27日、[[肺炎]]のため[[川崎市]]の病院で死去<ref>[http://sankei.jp.msn.com/life/news/130428/art13042801020000-n1.htm 佐野洋氏死去 推理小説界の重鎮] [[産経新聞]]2013年4月28日閲覧</ref>。{{没年齢|1928|5|22|2013|4|27}}。
 
次女の夫は[[放送作家]]の[[柊達雄]](ひいらぎ たつお、[[1948年]] - )。
* [[1958年]] - 『[[週刊朝日]]』と『[[宝石 (雑誌)|宝石]]』の共催コンクールで短編『銅婚式』が入選しデビュー。
* [[1964年]] - 長編『華麗なる醜聞』で第18回[[日本推理作家協会賞]]受賞。
* [[1997年]] - には推理文壇への貢献を讃えられ、[[日本ミステリー文学大賞]]受賞。
* [[2009年]] - [[菊池寛賞]]を受賞。
* [[2013年]] - 死去。
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