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==生涯==
[[File:DARBAR OF AKBAR II.jpg|thumb|アクバル2世と廷臣]]
[[1806年]]に父[[{{仮リンク|シャー・アーラム2世]]|en|Shah Alam II}}の死をうけて即位した。当時のムガル帝国はすでに[[デリー]]周辺を支配するだけの小国となり、一方で[[シク教国]]や[[マラーター同盟]]、[[ラージプート]]を制圧しつつあった[[イギリス東インド会社]]の勢力が増大していた。
 
そんな中、宮廷では[[ウルドゥー語]]を用いた文芸活動が流行し、ムガル皇帝たちもまた数々のウルドゥー詩を詠んだ。アクバル2世も例外ではなく、政治を諦め、一地方勢力としてそこに落ち着き、詩作にふけって日々を送った。彼はウルドゥー詩に長じた文学者として有名である。
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