「CMLL世界女子王座」の版間の差分

== 歴史 ==
CMLL女子部創設から2年が経過した1992年に創設された。初代王座は12人によるトーナメント戦で争われ、[[ブル中野]]が獲得した。中野は7月15日に[[大田区体育館]]で[[北斗晶]]を相手に防衛戦を行っている。その後も[[全日本女子プロレス]]においてタイトルマッチ組まれ、1997年に[[駒沢オリンピック公園総合運動場体育館]]大会で[[吉田万里子 (プロレスラー)|吉田万里子]]が[[レディ・アパッチェ]]を破って戴冠を果たしている。
2011年に自主興行でクリアhらあゆみが王座奪取した際は、初代王者のブル中野が栗原の腰にベルトを巻いた。
 
2011年に[[レイナ・コーポレーション]]がCMLLと提携を結びREINA女子プロレスが旗揚げされると、再び日本でタイトルマッチが組まれるようになり、[[栗原あゆみ]]が王座奪取を果たした。
 
== 歴代王者 ==
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