「ポスト構造主義」の版間の差分

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(その後復活)
(脚注追加)
自己の信念や観念を強く主張する場合に、それと反対の概念が絶対に意見に含まれないと言い切ることはできない。言語を用いてる限り、正命題は反命題があることだけによって成り立たなくなるとは言えない。たとえば「彼女は仕事において性別で差別された」という主張に対して「主語(彼女)の中に男女という二項対立が含まれていることから貴方の発言は男女差別だ」ということも可能である<ref>日本語としては「性別」も一語で二項対立にあたると考えられる。しかしそういった日本語固有の問題に対する論文はない。アメリカでは[[ジュディス・バトラー]]などの[[ジェンダー研究]]に発展する。</ref>。
 
形而上学に基づいた批評は、相手の論理の弱点を探し、相手の主張と矛盾する点を突きつけることであったが、ポスト構造主義者は主体を[[脱構築]]することで、深刻な問題に対して問題以外のことが問題を構成しており、その問題には客観性がなく意味決定不能として、解決の提示をする必要もない。シニフィエの定義を論じようと試みても言葉を用いる限り最終的には言葉の定義の議論にしかならない。シニフィアンとシニフィエはバラバラであり純粋な意味や絶対的な主張は存在し得ない。しかしながら我々は日々、膨大な意味を共有し、会話し、物を書いている。ポスト構造主義は、意味や言葉がマスコミや権力者の物ではなく常に一時的なものであり、よりよい物に代替するための進化の一形態であるにすぎず、それは我々個人が作り変えることのできるものである、ということを教えてくれる。<ref>ポスト構造主義的に考えると、「[[日本語の乱れ]](ら抜き言葉や若者言葉など))」や「正しい日本語」は存在せず、せいぜい「私では意味が分からない」と言える程度である(文学批評の項参照)。辞書があって言葉が生まれるわけではなく、初めに言葉があり辞書が出来たといえる。</ref>
 
==成り立ち==
ポスト構造主義はそれまでの理想的な読者のモデルを否定する。優れた読者であれば、あらゆる社会的な拘束から自由であり、純粋に客観的な視点で作者の意図を組みとることができるとされてきた。しかし記号学によると文学的テキストであっても、それはシニフィアンの集合に過ぎず、作者は表現したいことの意味を主張することができない。作者の意図は作者自身でさえ決定不能であって、文学テキストに唯一の目的、唯一の意味、または唯一の存在があるという考えは拒絶される。バルトは、どんなテキストにも複数の意味があり、作者は作品の意味を決定する起源でなく、たまたま物を書いている人間以上ではありえないとした。代わりにすべての読者が特定のテキストのために新しい個々の目的、意味、および存在を創造する。
 
作品の想像上の意味や概念はシニフィアンを繰り返し述べることにより[[差異]]によってしか表現できない。ポスト構造主義時代の文芸評論(批評)では、いわゆる行間を読んではならず、書かれたものだけからテクストを見なければならない。よりテキストの理解が深まるだろうとして作者の生い立ちや雑文、あとがき、日記など、テクスト以外のものを読んではならない。バルトは「作者の死<ref>「物語の構造分析(INTRODUCTION A L’ANALYSE STRUCTURALE DES RECITS)」より。作者に対する批評や制約ではなく、批評家に対する批評と捉えるべきであり「作者の神格化」に対する非難となる。</ref>」を主張した。その代償によりテクストの意味の起源として「読者の誕生」が起こる。しかしこの「読者」は独立した個々の私個人を指すものではなく、批評で読者の主観を主張しあえと言っているのでは決してない。評論には読者がテクストから得た視点、姿勢、心情などを含めてはならない。現代的な作品の批評では、形而上学的記述と二項対立を廃し、テクストそれ自身の良い悪いという評価をしてはならない。<ref>テキストに対する点数(ランク)付け評価は、思考が50年は遅れている。</ref>
 
==ポストモダンとの違い==
 
==その後==
ポスト構造主義を難解にし高度に複雑化させたかに見えたポストモダンの風潮は20世紀終わりごろまで続くが、1994年の[[ソーカル事件]]により、あっけなく終息することとなる。その後は[[リチャード・ドーキンス]]の[[ミーム]]の提唱など、過去の哲学モデルを踏襲しない[[パラダイム]]が注目されていくことになる。
 
==脚注==
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