「アブディ・アシルタ」の版間の差分

m
{{出典の明記|date=2012年8月|ソートキー=人0000年以前没}}
'''アブディ・アシルタ'''(Abdi-Aširta, Abdi-Ashirta, Abdi-Aschirta ないし  Abdi-Ašratu)は、南[[シリア]]のアムル王国(→[[アムル人]])の君主。治世は前14世紀(1380年前後?)。とりわけ、このエジプト管理自治州アムルの首邑スムル(シミュラとも)の責任を担った
治世は前14世紀(1380年前後?)。とりわけ、このエジプト管理自治州アムルの首邑スムル(シミュラとも)の責任を担った。
 
当時[[エジプト新王国]]/[[エジプト第18王朝]]時代。シリア地方には無数の小王国が分立していた。ハラブ([[アレッポ]])、[[ウガリト]]、[[アララハ]]、[[エブラ]]、[[カトナ]]、[[カデシュ]]、グブラ([[ビブロス]])、[[ダマスカス]]、ウルサリム([[エルサレム]])そして、[[アムル]]などである。
 
なお、アブディ・アシルタの死についても、アマルナ文書中のエクナトン宛てリブ・アッダ書簡 EA 101に言及あり。アブディ・アシルタの後継者はその子ら、プバフラ、ニクメパ、アズィルである。
 
{{DEFAULTSORT:あふていあしるた}}
[[Category:アムル人]]