「中根鳳次郎」の版間の差分

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[[度会郡]]小林に、[[山田奉行]]同心役の中根久馬三の第二子として生まれる。幼時より碁、[[将棋]]を好み、碁は12歳の時に中浦源次郎初段に学び、その後山崎兼次郎二段、原忠則、安藤新兵衛、梶川昇らに教えを受け、将棋は松坂幅四郎六段に学んで有望と目された。1872年に[[勝田栄輔]]が遊歴中に伊勢の中根家に立ち寄り、また同年に[[林秀栄]]が遊歴中に訪れて、両人からも薫陶を受けた。
 
1873年に[[石川県]]に勤め、[[西南の役戦争]]では報賞も得たが、職を辞して上京し十三世井上松本因碩に入門し、[[芝区]]に居す。しかし同門で研鑽、伯仲していた村上半次郎が早世したのとともに門下を去り、林秀栄の紹介で近隣にいた小林鉄次郎の門下となり、代稽古なども務める。次いで[[千葉県]]に勤め、碁を好んだ[[県令]][[柴原和]]の催しで小林、[[黒田俊節]]らと多く対局した。1881年に[[大蔵省]]に転じ、方円社に参加。1882年に九級(初段)を認められ、84年に八級、85年に七級、87年六級(四段)と進む。
 
===囲碁普及活動===