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多くのフォン人は現在も村や小さな街で泥や鉄の切妻屋根の家で暮らしている。フォン人は[[ダホメ王国]]の首都だった[[アボメイ]]や海岸部の[[ウィダー]]の街を建設し、現在でもその町に多く住む。これらの町は[[奴隷貿易]]時代[[奴隷]]の集散地となっていた。[[フランス領西アフリカ]]からダオメー共和国が独立すると、フォン人は王族の血を引く[[ジャスティン・アホマデグベ]]を立てて政界を三分し、[[1972年]]に[[マチュー・ケレク]]によって終止符が打たれるまで鼎立状態が続いた<ref>片山正人「現代アフリカ・クーデター全史」叢文社 2005年 ISBN 4-7947-0523-9 114ページ</ref>。
 
フォン人は[[キリスト教]]、または[[ードゥー教]]の信者が多い。もともとフォン人の信仰を元にして成立したヴードゥー教は、フォン人が奴隷貿易によって拡散するに従い全世界へと広まっていった。現在でもヴードゥー教の聖地はフォン人の町であるウィダーにあり、年に一度信徒の総会が開かれる。
 
== 脚注 ==