「ジェームス・ダグラス」の版間の差分

→‎来歴: 糖尿病をわずらったことから運動不足解消のために再開したボクシングであった。
(ロングカウントなど幸運もあったが強打で恐れられたタイソンに勇気を持って立ち向かった。番狂わせで世界チャンピオンに上り詰めたことで環境が激変し、コンディション調整の失敗も理)
(→‎来歴: 糖尿病をわずらったことから運動不足解消のために再開したボクシングであった。)
1990年10月25日、[[イベンダー・ホリフィールド]]に3回KO負けし、王座から陥落。引退を表明する。番狂わせで世界チャンピオンに上り詰めたことで環境が激変し、コンディション調整の失敗も理由であった。
 
[[1996年]]6月22日、6年ぶりに現役復帰し、復帰戦から6連勝を記録。糖尿病をわずらったことから運動不足解消のために再開したボクシングであった
 
[[1998年]]6月25日、[[ルー・サバリース]]とのマイナータイトルの[[国際ボクシング協会|IBA]]ヘビー王座決定戦で、3度のダウンを奪われ初回KO負け。