「歓喜力行団」の版間の差分

[[ファイル:Bundesarchiv Bild 146-1974-121-28A, KdF-Betriebssport.jpg|thumb|200px|right|歓喜力行団のスポーツクラブ]]
[[ファイル:ProraSeeseite.jpg|thumb|200px|right|[[リューゲン島]]の[[プローラ]]に建設された巨大な保養施設]]
歓喜力行団は娯楽の「喜び」を通じて労働の「力」を回復させるための党組織で、[[1933年]]より音楽コンサートや日帰り旅行、リゾート地やクルーズ船での保養など、それまで労働者階級には手が届かなかったような中産階級的レジャー活動を広く国民全体に提供した。[[バルト海]]の[[リューゲン島]]の砂浜にある巨大な保養施設[[プローラ]]や、数多くの大型クルーズ船(いわゆるKdF-Schiff)はその好例である。他の主要な渡航先として[[大西洋]]にある[[ポルトガル領]][[マデイラ島]]などが挙げられる。
 
歓喜力行団はただのレジャー・娯楽組織ではない。歓喜力行団の究極の目的は、余暇活動を上流階級から下流階級まであらゆる大衆に格差なく提供し、[[階級]]ごとに分断されたドイツ人を[[階級闘争|階級対立]]のないひとつの「'''[[民族共同体]]'''」にまとめる橋渡しをすることであった。また「生の喜び」を肯定する余暇、スポーツ、演奏会、祭典などの機会を国民に提供することで、ナチスの理想とする力強さや美しさといった共同体の理念や存在を大衆に全身で理解させ信じさせようというものだった。
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