「明治六年政変」の版間の差分

そして西郷は当日、板垣、後藤、江藤、副島は翌[[10月24日|24日]]に辞表を提出。[[10月25日|25日]]に受理され、賛成派の参議5人は下野した。また、[[桐野利秋]]ら西郷に近く征韓論を支持する官僚・軍人が辞職した。更に下野した参議が[[近衛都督]]の引継ぎを行わないまま帰郷した法令違反で西郷を咎めず、逆に西郷に対してのみ政府への復帰を働きかけている事に憤慨して、板垣・後藤に近い官僚・軍人も辞職した。
 
この後、江藤新平によって失脚に追い込まれていた[[山縣有朋]]と[[井上馨]]は西郷、江藤らの辞任後しばらくしてから公職に復帰を果たす。この政変が[[士族反乱]]や[[自由民権運動]]の発端ともなった。
 
== 後日譚 ==
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