「李元翼」の版間の差分

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====老後====
その後、致仕し観感堂(관감당)を建て、学問を研究し、門下生の育成に励んだ。とくに、尹鑴、許穆などが輩出された。1632年(仁祖1年)1月10日に仁祖は承旨姜弘重に李元翼が住む家を調べさせ、仁祖が姜弘重に李元翼はどんな家に住んでいたかを尋ねると、草家(초가)に住んでおり、災害には耐えられないということだった。仁祖はこの清貧な暮らしに感動し、5間建ての家を李元翼に下賜した。だが李元翼は民の事を考え受け取らなかった。ちなみに国王が家を建てさせて下賜された例は黄喜と李元翼だけである。1634年(仁祖12)1月29日に死去。87歳であった。仁祖廟庭に祭られて顕彰されている。享年は87歳であった
 
====死後====
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