「片頭痛」の版間の差分

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紀元前400年、[[ヒポクラテス]]は、片頭痛に先立って発生することがある視覚的前兆と、嘔吐中に起こりうるその緩和について説明した。[[カッパドキア]]のアレタイオスは[[2世紀]]に、吐き気を伴って現れる片側性の頭痛の症状について、症状の間の痛みのない時間についても含めて説明しているため、片頭痛の「発見者」だと認められている。
 
[[ペルガモン]]の[[ノス]]は ''hemicrania''(半分の頭)という言葉を用いていたが、これは後に英語で片頭痛を意味する ''migraine'' という言葉が生まれるきっかけとなった。彼は吐き気や嘔吐がしばしば発症に伴って現れることから、胃と脳の間には関係があるのではないかと考えたのである。[[アンダルス|アンダルシア]]生まれの医師で、[[アブー・アル=カースィム・アッ=ザフラウィー|アブー・アル=カースィム]]としても知られるアブルカシスは、頭に熱した鉄を当てることや、寺で切開してもらった部分に[[ニンニク]]を入れることを提唱した。
 
[[中世]]においては、片頭痛は分離性の内科的疾患と考えられており、治療法も熱した鉄を使うものから[[瀉血]]、挙げ句の果てには[[魔法]]まであった{{要出典|date=2010年4月}}。ガノスの弟子たちは、片頭痛は悪性の[[胆汁]]が原因であるとした。[[イブン・スィーナー]]は自身のテキストで、片頭痛は「...小さな動き、飲食、音などが痛みを引き起こす...患者は話し声や光に耐えられず、暗闇に一人で休むことを好む」ものであるとした。アブー・バクル・モハマド・イブン・ザカリヤ・ラージーは、「...そしてそのような頭痛は、[[出産]]や[[中絶]]の後や、更年期や[[月経困難症]]の間に起こるものである」として、頭痛と女性の生涯の出来事との関連性に言及した。
 
アナトミカ図書館に蔵書されている、[[1712年]]にロンドンで発行された本では、標準的な片頭痛と考えられる ''Megrim'' を含む主要5種類の頭痛タイプが解説されている。グラハムとウォルフは[[1938年]]に、片頭痛の解消には酒石酸エルゴタミンが良いとする研究論文を発表した。[[1950年]]にはハロルド・ウォルフが片頭痛研究の実験的アプローチを発展させ、趨勢が再び神経説に傾くにつれて批判を受けることになった、片頭痛の血管説の詳細を詰めた。