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Amedamacha (会話 | 投稿記録)
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{{Buddhism}}
'''煩悩'''(ぼんのう、{{lang-sa-short|क्लेश}}, kleśa, クレーシャ、{{lang-pi-short|kilesa}}, キレサ)とは、[[仏教]]の教義の一つで、身心を乱し悩ませ[[智慧]]を妨げる[[心]]の働き(汚れ)を言う。英語では、Kleshasと表記する。同義語として、「'''[[漏]]'''」(ろ、{{lang-sa-short|aśrava}}, アーシュラヴァ、{{lang-pi-short|asava}}, アーサヴァ)が用いられたりもする(例:[[六神通|漏尽通]])
 
[[原始仏教]]では、人の[[苦]]の原因を自らの煩悩ととらえ、その[[縁起]]を把握・克服する[[解脱]]・[[涅槃]]への道が求められた。[[部派仏教]]の時代になると、煩悩の深い分析が行われた。
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俗に煩悩は108あり、[[除夜の鐘]]を108回衝くのは108の煩悩を滅するためと言われるが、実際には時代・部派・教派・宗派により数はまちまちである。小は3にはじまり、通俗的には108、大は(約)64,000といわれる。煩悩の根本に'''三毒'''があり、それを細かく分析すれば無限にあると考えられる。
 
== 三毒基本 ==
=== 三毒 ===
{{main|三毒}}
煩悩の根源(人間の諸悪の根源)は
*[[貪|貪欲]](とんよく<ref>一般の読みと異なる。</ref>)
*[[瞋|瞋恚]](しんに・しんい)
*[[癡|愚痴]](ぐち)
3つとされ、これをあわせて'''三毒'''」(さんどく)と呼ぶ。三毒の中でも特に愚痴、すなわち物事の正しい道理を知らないこと、[[十二因縁]]の[[無明]]が、最も根本的なものである。
 
煩悩は、[[我執]](自己中心の考え、それにもとづく事物への執着)から生ずる。この意味で、十二因縁中の「愛」は、ときに煩悩のうちでも根本的なものとされる(日常語の[[愛]]と意味が異なることを注意)。
 
=== 解釈五蓋 ===
また、
*貪欲
*瞋恚
*[[昏沈|惛眠]](こんみん)
*[[掉挙]](じょうこ)
*[[疑]](ぎ)
の5つを、「'''五蓋'''」(ごがい)と呼ぶ。「蓋」とは文字通り、「心を覆うもの」の意味であり、煩悩の異称。
 
これらは[[比丘]]の[[瞑想]]修行の妨げになるものとして、取り除くことが求められる。
 
== 諸説 ==
=== 説一切有部 ===
[[説一切有部]]では、煩悩を分析し、知的な迷い(見惑)と情意的な迷い(思惑または修惑)とに分け、また[[貪]]・[[瞋]]・[[癡]]・[[慢]]・[[疑]]・[[悪見]]の6種を根本煩悩とした。さらに、付随する煩悩([[随煩悩]])を19種数える。