「セミパラチンスク核実験場」の版間の差分

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'''セミパラチンスク核実験場'''({{lang|ru|Семипалатинский ядерный полигон}})は、旧[[ソビエト連邦]]のかつての主要な[[核実験場]]である。[[カザフ・ソビエト社会主義共和国|カザフ共和国]](現[[カザフスタン]])の北東部、[[セメイ]]の西方150kmの草原地帯にあり、面積は約18,000km²(四国の面積にほぼ等しい)。
 
1949年から1989年の40年間に合計456回の[[核実験]]に使用された。施設は最初の核実験からちょうど42年目にあたる1991年8月29日に正式に閉鎖された。市民の被曝による影響はソ連政府によって隠蔽され、1991年の実験場の閉鎖間際まで明らかにされることはなかった。
 
ソ連崩壊後はカザフスタンの所有となったため、世界の核実験場では唯一、他国による調査が可能となっている<ref>[[NHKスペシャル]]「核は大地に刻まれていた~“死の灰”消えぬ脅威~」([[2009年]][[8月6日]]放送)</ref>。
== 歴史 ==
[[Image:Wfm sts closeup.png|thumb|220px|拡大地図。右上の都市は秘密都市[[クルチャトフ市]]、青線は[[エルティシ川]]。]]
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== 関連項目 ==
*[[ノヴァヤゼムリャ]]:セミパラチンスクに代わる核実験場。ソ連崩壊後の現在も[[臨界前核実験]]が行われている。
*[[ノヴァヤゼムリャ]]
*[[ウラル核惨事]]
*[[閉鎖都市]]