「モントルイユ (パ=ド=カレー県)」の版間の差分

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==歴史==
[[file:Montreuil-sur-mer par brion de la tour 1792.jpg|left|thumb|200px|1792年に描かれたモントルイユ]]
モントルイユについて最初に触れられたのは、898年に記された聖ヴェルタンと聖ヴァーストの史料においてである。要塞化されたまちはプティ・モナステール(petit monastère、小さな修道院。ラテン語ではmonasterolium)の名をすでに持っていた。913年より幾年か後、ヴァイキングによって修道院を破壊された[[ランデヴネック]](現在の[[フィニステール県]]のコミューン)の修道士たちが、モントルイユに避難してきたことが知られている。
 
10世紀のモントルイユ伯エルゴーは既に伯爵城を所有していたようである。多くの中世の建物の上で起きた戦争は6世紀以上続いた。軍のまちとしての経歴の始まりはこの時期にあった。