「国家緊急権」の版間の差分

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{{出典の明記|date=2011年5月}}
'''国家緊急権'''(こっかきんきゅうけん、[[ドイツ語|独]]:{{lang|de|Staatsnotstandsrecht}})とは、[[戦争]]や[[災害]]など[[国家]]の[[平和]]と独立を脅かす緊急事態に際して、[[政府]]が平常の統治秩序では対応できないと判断した際に、[[憲法]]秩序を一時停止し、一部の機関に大幅な権限を与えたり、人権保護規定を停止するなどの非常措置をとることによって秩序の回復を図る権のことである{{sfn|富永健|1996|pp=71-72}}{{sfn|安全保障及び国際協力等に関する調査小委員会|2003|pp=3}}
 
== 概説 ==
緊急権とは[[立憲主義]]、[[間接民主制|議会制民主主義]]、[[文民統制]]を基調とする国家において、国家の平和と独立を脅かす急迫不正の事態または予測される事態に際して、一刻も早い事態対処が必要と判断される場合において、憲法の一部を停止し、「超法規的措置」によってこれらの危機を防除しようとする権能である。多くの国家の憲法、特に[[大陸法]]をとる国のほとんどの憲法には緊急権の規定があり{{sfn|矢部明宏・山田邦夫・山岡規雄|2003|pp=10}}、存在していない憲法は少数派である{{sfn|富永健|1996|pp=72}}。
具体的には[[有事]]に際して[[非常事態宣言]]或いは[[戒厳]]を発令し、一時的に緊急措置の発動を可能とする権能のことである。
即ち、[[立憲主義]]、[[間接民主制|議会制民主主義]]、[[文民統制]]を基調とする国家において、国家の平和と独立を脅かす急迫不正の事態または予測される事態に際して、一刻も早い事態対処が必要と判断される場合において、憲法の一部を停止し、「超法規的措置」によってこれらの危機を防除しようとする権能である。憲法上、国家緊急権を許容している国家が危機に瀕した際、民主国家では通常、平時にあっては軍事力の発動及び行使において議会の事前承認をはじめ法に基づいた行動がとられるのに対して、有事に際しては[[戒厳令]]を敷き、軍事力の発動及び超法規的措置の議会承認を'''事後'''に求めることができるとされるほか、例えば日本においては憲法が最大限の尊重を要すると定める([[日本国憲法第12条]])国民の基本的[[人権]]の一部を制限することができるとされる{{要出典|date=2013年3月|}}。また[[大日本帝国憲法第8条]]において、[[天皇]]は法律に代わり得る緊急[[勅令]]を「公共の安全を保持しまたその災厄を避けるため」「帝国議会の閉会中に」発すると定めていた。つまり国会を召集し審議している時間がない時の、文字通りの緊急対応である。
 
国家緊急権の行使は[[国家]]が[[戦争]]や[[内乱]]、あるいは大規模な災害などの非常事態に直面した際に、通常の行政手続きを経ずして行われる。その方法は戒厳令(英米法におけるマーシャル・ロー)の発令、または[[非常事態宣言]]を発令して[[憲法]]の一部を停止または制限する、予算に基づかない財政措置、[[人身保護令状]]の停止などの手段が存在する。
憲法の枠組みでは対応できない非常時が起こり憲法の停止・制限の必要がある事態を想定した場合、憲法の下位の法律・命令で憲法を停止・制限することは法理論的にできない。このため、憲法の停止・制限を可能とする国家緊急権は「『法律・命令』で規定する権利」ではなく、'''「国家が本来的に持つ、憲法の枠組みを超えた権能」'''と考えるべきである(超法規的[[憲法保障]])。
「憲法の枠組みを超えた権能」の概念は「『国家の最高法規・国家の基本法である憲法』の否定」「憲法違反の肯定」につながるため、国家緊急権の概念を認めない立場もある。
 
国家緊急権の行使は[[国家]]が[[戦争]]や[[内乱]]、あるいは大規模な災害などの非常事態に直面した際に、[[議会]]を承認を経ずして戒厳令または非常事態宣言を発令して[[憲法]]の一部を停止または制限することによって行われる。憲法の一部を停止または制限をかける手続きにおいて議会の事前承認を基本とする場合は、[[非常事態権]](非常措置権とも)とし、国家緊急権と区別する場合もある。[[大日本帝国]]においては「[[非常大権]]」と呼称した。
 
=== 国家緊急権の持つ潜在的危険性 ===
但し、国家緊急権には政府の権能を徒に強大化し、[[民主主義]]の存続そのものに懸念が生ずるという危険な要素を含む。憲法上、国家緊急権が許容される場合においても、その権能にはあくまで緊急事態から国家国民を防衛することが目的である以上は、法的な見地からして国家緊急権の発動要件には自ずと時限的な制限がある。
 
こうした事例にもみられるように、国家緊急権とは国家を覆う危険性の排除のための権能としての側面と濫用による国家転覆の危険性を有するという側面を有するものである。
 
== 非常事態における緊急権の類型 ==
国家緊急権の類型は、いくつかの分類がある。
 
=== 憲法制度上の国家緊急権と超国家的緊急権 ===
# 憲法の停止・制限を行なわず、憲法の枠組みの中の法令に従い有事の対応を行なう場合。全体としては平常時の体制を維持したまま、事態に対応して制度の臨時的な機能化を計るものであり、その典型例としてドイツ憲法系統に見られる緊急命令 (独語:{{lang|de|Notverordnung}}) や緊急財政処分等の制度。議会承認を基調としていることから国家緊急権ではなく非常事態権に含まれる。日本における[[参議院の緊急集会]]などもこれに該当する。この場合、有事の対応が憲法内で行われるためあえて「国家緊急権」の概念を持ち出す必要は無い。
憲法制度上の国家緊急権とは、憲法自身が緊急時に自らの権力を停止し、特定の機関に独裁的権力を与えることを認めるものである{{sfn|富永健|1996|pp=73}}。この例としては[[英米法]]にある[[マーシャル・ロー]]や、[[ヴァイマル憲法]]の大統領独裁権、[[フランス]]における[[合囲状態]]({{lang-fr|l'État de siè}}ge)などがあげられる{{sfn|富永健|1996|pp=73}}。一方で超国家的緊急権が発動される事態は、憲法の枠組みを超え現行の法体系に拘束されない超憲法状態、すなわち違憲状態である{{sfn|富永健|1996|pp=73}}。
# 憲法の中に憲法の停止・制限の規定があり、その規定に従い憲法の停止・制限をして有事に対応する場合。憲法みずからがより緊迫した非常事態を想定し、立憲主義を一時的に停止して、一定条件のもとで独裁的権力行使を認める場合がある。この場合も、憲法で一部条項の停止・制限が規定されており有事の対応が全て憲法内で行われるため、あえて「国家緊急権」の概念を持ち出す必要は無い。
# 憲法の枠組みを越えた権能「国家緊急権」を発動し、憲法の停止・制限を含む有事の対応を行なう場合。極度の非常事態において憲法の一切の枠や授権を超えて非法の独裁措置を行う可能性を認めるもの。この場合、憲法違反の行為が行われるわけであり、その憲法違反を正当化する理論として「国家緊急権」が使われる。つまり、憲法の枠組みを超えた対応が必要とされる場合のみ、憲法を超えた権能である「国家緊急権」という概念が必要とされるのである。
 
=== 世界各国の国家緊急権行政型と立法型 ===
憲法制度上の国家緊急権において、緊急権の行使が行政の範囲にとどまるものを行政型という。マーシャル・ローや[[大日本帝国憲法]]の[[戒厳令]]などは新たな立法を制定することはできないため行政型に分類される{{sfn|富永健|1996|pp=74}}。これに対して[[ドイツ帝国]]構成国の緊急命令や、大日本帝国憲法の緊急命令などは立法型に分類される{{sfn|富永健|1996|pp=74}}。
ドイツ憲法系統に見られる緊急命令や緊急財政処分等の制度がある。欧米先進国では非常事態における緊急権のカテゴリーとしては前項に示した3つのカテゴリーのうち2のケースに該当する国が多く見られる。フランスの合囲状態(仏語:{{lang|fr|l'État de siè}}ge)
、ドイツの戒厳(独語:{{lang|de|Belagerungszustand}})、或いは[[ヴァイマル憲法]]第48条(大統領緊急令規定)などがこれに該当する。ただし、現在のドイツではどのような事態においても政府の措置は立法・司法のコントロールを受けることになっている<ref>ドイツでは[[ヴァイマル憲法]]下で緊急権規定が濫用された反省から現憲法である[[ドイツ基本法]]では当初緊急権規定を持たなかったが、1968年の第17次改正において導入された。この際に[[抵抗権]]規定も新設されている。</ref>。
日本においては[[大日本帝国憲法]]における非常大権もこれに含まれる。
 
=== 英米型と独仏型 ===
イギリスやアメリカの法体系いわゆる[[英米法]]は、ヨーロッパ大陸の法体系いわゆる[[大陸法]]と違う法体系である(日本は大陸法の法体系である)。イギリスでは成文憲法はなく、緊急時の対応も[[コモンロー]](慣習法)に従う。アメリカ合衆国においては有事に際しても「憲法を停止する」という考え方はなく、有事における大統領の権限の行使も司法の審査の対象となる。
英米法においては憲法自体に緊急権の規定はなく、[[コモン・ロー]]や個別立法によって緊急権が定められている{{sfn|富永健|1996|pp=74}}。[[第一次世界大戦]]後のイギリスから個別立法制度が採用されるようになり{{sfn|安全保障及び国際協力等に関する調査小委員会|2003|pp=28-29}}、イギリスの緊急権法、アメリカの[[戦争権限法]]や[[全国産業復興法]]がこれに該当する{{sfn|富永健|1996|pp=74}}。一方でフランス共和国憲法(第二、第四、第五)、[[ドイツ帝国憲法]]、ヴァイマル憲法、[[ドイツ連邦共和国基本法]]には国家緊急権の規定が存在する<ref>ドイツでは[[ヴァイマル憲法]]下で緊急権規定が濫用された反省から現憲法である[[ドイツ基本法]]では当初緊急権規定を持たなかったが、1968年の第17次改正において導入された。この際に[[抵抗権]]規定も新設されている。</ref>{{sfn|富永健|1996|pp=74}}。
 
=== 厳格規定型と一般授権型 ===
日本においては「憲法の停止・制限」の規定は憲法にない。このため、有事のための法令を制定するにしても、憲法の枠組みの範囲内で法令を制定することになる。[[日本国憲法第9条]]第1項などの改正を目指す改憲派の政党からは「国家緊急権」の必要性も指摘されている([[自由民主党 (日本)|自由民主党]]2012年改憲草案第98条「緊急事態の宣言」及び第99条「緊急事態宣言の効果」)。
厳格規定型とは、あらかじめ想定できる非常事態を限定し、要件、手続、効果についても厳格に規定するものである{{sfn|富永健|1996|pp=74-75}}。ドイツ基本法や[[スウェーデン統治法典]]がこれに該当する。一般授権型とは、要件などについての規定はなく、一つの権限規定で対応しようとするものである。[[フランス第五共和国憲法]]、ヴァイマル憲法がこれに該当する{{sfn|富永健|1996|pp=75}}。
 
=== 統帥権日本における有事法制非常大国家緊急===
=== 大日本帝国憲法体制における国家緊急権 ===
戦前の日本においては、[[1930年代]]に[[陸軍参謀本部]]・[[陸軍大学校]]・防衛教育研究会合同で編集された『統帥参考』(当時内容は軍事機密。1983年に田中書店から、「統帥綱領」と合本され復刻された)には非常大権の項があり、戦時や国家事変の折は兵権を行使する機関は軍事上必要な限度において、軍が直接に国民を統治することができると定められている。非常大権は大日本帝国における[[統帥権]]の中でも究極の緊急避難措置であったが、次第に非常事態における軍部の権限が事実上、常態化し軍部の独裁を招いたとされる。[[治安維持法]]にはじまり[[国家総動員法]]により、法による有事の常態化を招いた。民間では「新体制」「非常時」と称された。
大日本帝国憲法においては、[[天皇]]が国家緊急権を行使する規定が制定されていた。[[緊急勅令]]制定権(8条)、戒厳令を布告する[[戒厳大権]](14条)、[[非常大権]](31条)、緊急財政措置権(70条)などである{{sfn|安全保障及び国際協力等に関する調査小委員会|2003|pp=4}}{{sfn|矢部明宏・山田邦夫・山岡規雄|2003|pp=12}}。非常大権は一度も発動されたことが無く、戒厳大権との区別は不明瞭であるとされている{{sfn|安全保障及び国際協力等に関する調査小委員会|2003|pp=4}}。
 
=== 日本国憲法における国家緊急権をめぐる議論 ===
[[日本国憲法]]においては国家緊急権に関する規定は存在しないとする見方が多数的である{{sfn|富永健|1996|pp=75}}{{sfn|安全保障及び国際協力等に関する調査小委員会|2003|pp=3}}。憲法制定段階においては、日本側が衆議院解散時に、内閣が緊急財政措置を行えるとする規定を提案した。しかし[[連合国軍最高司令官総司令部]](GHQ)は英米法の観点からこれに反対し、内閣の緊急権によってこれに対応するべきであるとした。その後の協議によって、衆議院解散時には参議院において緊急会を招集するという日本側の意見が採用された{{sfn|安全保障及び国際協力等に関する調査小委員会|2003|pp=6}}。
 
このため日本国憲法が国家緊急権を認めていないとする否定説、緊急権を容認しているという容認説の二つの解釈がある{{sfn|富永健|1996|pp=75}}。また否定説は緊急権規定がないのは憲法の欠陥であるとみる欠缼説、緊急権規定の不在を積極的に評価する否認説の二つに大別される{{sfn|富永健|1996|pp=75}}。
 
このうち欠缼説をとる論者は緊急権の法制化を主張し、否認説と容認説の論者はこれに反対するという構造がある{{sfn|富永健|1996|pp=79-80}}。
 
====欠缼説====
[[大西芳雄]]は平常時の統治方法のままで対応できない危機が発生しないとは誰にも断言できないが、あらゆる権力の行使を法の定めたルールに従って行うのが立憲主義であるとして、緊急権規定の不在を欠陥であると指摘している{{sfn|富永健|1996|pp=75-76}}。また内閣[[憲法調査会]]も1964年の「共同意見」において「重大なミス」であるとしている{{sfn|富永健|1996|pp=76}}。
 
====否認説====
[[小林直樹]]は日本国憲法が軍国主義を廃した平和憲法であるため、緊急権規定をあえておかなかったと解釈している{{sfn|富永健|1996|pp=76}}。また緊急権が君主権と不可分であったとし、憲法の基本原則に憲法が忠実であろうとしたために緊急権規定が置かれなかったとしている{{sfn|富永健|1996|pp=76-77}}。[[影山日出弥]]は日本国憲法が国家緊急権で対処する国家緊急状態の存在自体を否定していると解釈している{{sfn|富永健|1996|pp=77}}。この立場からはいかなる事態も国家緊急権二階の方法で対処するべきであるとされ{{sfn|富永健|1996|pp=77}}、憲法に緊急権を明記することは「憲法の自殺」であるという意見がある{{sfn|安全保障及び国際協力等に関する調査小委員会|2003|pp=6}}。
 
====容認説====
[[河原畯一郎]]や[[高柳賢三]]は、国家緊急権は超憲法的な原理であり、憲法に明文化されていなくても行使できる「不文の原理」であるとしている{{sfn|富永健|1996|pp=77-78}}。
 
=== 国家緊急権の持つ潜在的危険性をめぐる議論 ===
国家緊急権は、特例措置にかこつけて、政府の大権を常態化させ、民主主義を変質または破壊させる危険性を懸念し、国家緊急権の賛否を越えて、国家緊急権の取扱には慎重たるべきであるという点では一応において共通した認識であるとされる。
反面、憲法にも法律にも非常事態に対する何らかの措置をも予定しない国は、表面的には立憲主義の原則に忠実であるかもしれないが、実際には民主主義の法秩序の原理原則のみにとらわれ、「現実の危機」に対する秩序を自ら崩壊させる欠陥を含むとも反論できる。
== エピソード ==
* 国家緊急権・戒厳令を扱った[[映画]]作品としては、1998年に製作されたアメリカ映画『[[マーシャル・ロー]]』が著名(但し、アメリカには「憲法の停止」の考え方はない)。
== 出典・脚注 ==
{{reflist}}
 
== 参考文献 ==
* [[司馬遼太郎]]『[[この国のかたち]].1』 [[文春文庫]]、1993年。
* [[森本敏]]・[[浜谷英博]]『有事法制』 [[PHP新書]]、2003年。
* 国立国会図書館調査及び立法考査局 『主要国における緊急事態への対処 : 総合調査報告書』2003年
* 衆議院『衆議院憲法調査会における「安全保障・国際協力・非常事態」に関するこれまでの議論』 2005年。
** 矢部明宏・山田邦夫・山岡規雄『[http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/document/2003/1/20030104.pdf Ⅰ 憲法上の国家緊急権]』
* 衆議院憲法調査会事務局[http://www.shugiin.go.jp/itdb_kenpou.nsf/html/kenpou/shukenshi062.pdf/$File/shukenshi062.pdf 衆議院憲法調査会における「安全保障・国際協力・非常事態」に関するこれまでの議論]』 2005年。
* 衆議院憲法調査会安全保障及び国際協力等に関する調査小委員会『[http://www.shugiin.go.jp/itdb_kenpou.nsf/html/kenpou/shuken014.pdf/$File/shuken014.pdf 「非常事態と憲法」に関する基礎的資料]』 2003年。
 
* {{Cite journal|和書|author= 富永健 |title=国家緊急権の法制化について|date=1996|publisher=関西憲法研究会 |journal=憲法論叢 |volume=3 |naid=110002283613|pages=71-90 |ref=harv}}
== 出典・脚注 ==
<references />
 
== 関連項目 ==
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