「ライ・クーダー」の版間の差分

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'''ライ・クーダー'''('''Ry Cooder'''、本名:Ryland Peter Cooder、[[1947年]][[3月15日]] - )は、[[アメリカ合衆国]]の[[ギタリスト]]、[[歌手]]、[[作曲家]]。[[スライド・ギター]]の名手として知られる。また、世界各国のルーツミュージックに対する造詣も深く、アメリカの[[ルーツ・ミュージック]]を発掘し、世に広めたことは高く評価されている。また、映画音楽にも携わり、主に[[ヴィム・ヴェンダース]]、[[ウォルター・ヒル]]といった監督の作品の音楽を担当した。
 
「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のギタリスト」において2003年は第8位、2011年の改訂版では第31位にランクイン<ref>[www.rollingstone.com/music/lists/100-greatest-guitarists-of-all-time-19691231/ry-cooder-20101202]</ref>
 
== 来歴 ==
[[カリフォルニア州]][[ロサンゼルス]]に生まれる。3歳のとき頃に、初めて4弦ギターを手にする<ref name="1990tour">1990年RY COODER & DAVID LINDLEY日本公演パンフレット</ref>。4歳のとき、[[ナイフ]]による[[事故]]が原因で片目を[[失明]]、以後[[義眼]]となる<ref name="bbc">[http://www.bbc.co.uk/dna/h2g2/A307973 Edited Guide Entry: Ry Cooder (BBC)]</ref>。
 
16歳のころから、ミュージシャンとして活動するようになった<ref name="bbc" /><ref name="1990tour" />。[[1960年代]]半ばには、[[タジ・マハール]]らと組んだ[[ライジング・サンズ]]、[[キャプテン・ビーフハート]]、[[ジャッキー・デシャノン]]等のバンドで活動。 [[ローリング・ストーンズ]]のアルバム『[[レット・イット・ブリード]]』(1969年)に参加しており、また、同作のレコーディング中に行われた[[ジャム (音楽)|ジャム・セッション]]は、後に『[[ジャミング・ウィズ・エドワード]]』(1972年)としてレコード化された。そして、1970年にアルバム『ライ・クーダー・ファースト』でソロ・デビューを果たす。
1979年秋、[[デヴィッド・リンドレー]]と組み来日公演を行う<ref name="1990tour" />。リンドレーとは1984年の映画『[[パリ、テキサス]]』のサウンドトラックでも共演<ref>[http://www.allmusic.com/album/paris-texas-original-motion-picture-soundtrack-mw0000199529 allmusic ((Paris, Texas > Overview))]</ref>。以後も1990年、1995年と再度来日公演を行うなど、度々共演を重ねている。
 
1980年代以降は[[映画音楽]]を多く手掛けるようになり、自己名義のオリスタナル・アルバム製作からは1987年の『ゲット・リズム』を最後にしばらく遠ざかることとなった。同作収録の"Goin' Back To Okinawa"では沖縄民謡風の音階やフレーズにも挑戦、[[喜納昌吉|喜納昌吉&チャンプルーズ]]のアルバム『[[BLOOD LINE]]』にも参加している。
 
1991年、ライは、[[ジョン・ハイアット]]、[[ジム・ケルトナー]]、[[ニック・ロウ]]と[[リトル・ヴィレッジ]]を結成。翌年同名のアルバムをリリースし、ツアーも行った。
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