「アドルフ・ヒトラー」の版間の差分

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==== 巨大な物への関心 ====
画家を目指していた頃からヒトラーは、人物画に対して関心を抱かず、建築物を主題とした絵を数多く残している。その傾向は政治家になってもかわらず、建築家出身のシュペーアを寵愛したことからも伺える。また、ヒトラーは巨大な物に対し並々ならぬ執着心があり、首都ベルリンに巨大な建築物と道路の建設を計画した[[ゲルマニア計画]]だけではなく、V2ロケットやドーラという大型で破壊力のある兵器の開発を求め、将兵が消耗している中、生産性が高く使い勝手の良い兵器を求めていた現場の声を無視していた。
 
 
== 税金と資産 ==
[[File:DR 1938 672 Adolf Hitler.jpg|thumb|right|250px|1938年の6[[ペニヒ]]+19ペニヒの[[寄附金付切手]]]]
ヒトラーがナチ党の党首となり、『我が闘争』の出版などで財産ができると、税務当局は彼に納税を促した。しかしヒトラーは政治的な経費がかかるとして、税務署の要求に従わなかった。1933年に首相になった時点でヒトラーが滞納していた額は40万ライヒスマルクにのぼる<ref name="シュピーゲル2004年12月16日">[http://www.spiegel.de/panorama/die-akte-hitler-der-fuehrer-ist-damit-steuerfrei-a-333186.html Die Akte Hitler:"Der Führer ist damit steuerfrei!"] - [[シュピーゲル]]2004年12月16日記事</ref>。
 
1933年2月、『フェルキッシャー・ベオバハター』は、ヒトラーが首相の給与を受け取っていないという記事を掲載し<ref name="ディ・ヴェルト2008年11月11日">[http://www.welt.de/kultur/history/article13703272/Hitler-zahlte-keine-Steuern-und-war-Multimillionaer.html Nationalsozialismus : Hitler zahlte keine Steuern und war Multimillionär - Nachrichten Kultur - Geschichte - DIE WELT] - [[ディ・ヴェルト]]2008年11月11日記事</ref>、財産より清貧さを求める人物としてアピールした。しかし1934年の国家元首就任の際には彼の首相としての給与を扱う事務処理が行われており、実際には給与は支払われていた<ref name="ディ・ヴェルト2008年11月11日"/>。また1933年の1年間には『我が闘争』の莫大な印税が発生し、ミュンヘン税務署は所得額の半分を控除して60万ライヒスマルクの納税を求めた。しかしヒトラーとナチ党は納税しようとしなかった<ref name="シュピーゲル1970年6月4日">[http://www.spiegel.de/spiegel/print/d-45197362.html DER SPIEGEL&nbsp;15/1970 -Von Steuern befreit ] - シュピーゲル1970年6月4日記事</ref>。1934年12月、ミュンヘン税務署は、フューラーは非課税となるという措置を行った<ref name="シュピーゲル2004年12月16日"/>。1935年には中央の税務当局とも合意が行われ、3月12日にヒトラーの名前は納税者リストから削除された<ref name="ディ・ヴェルト2004年12月17日">[http://www.welt.de/print-welt/article359035/Hitler-zahlte-keine-Einkommensteuer.html Hitler zahlte keine Einkommensteuer - Nachrichten DIE WELT - DIE WELT] - ディ・ヴェルト2004年12月17日記事</ref><ref name="シュピーゲル1970年6月4日"/>。
 
ヒトラーの首相としての給与は年額45000ライヒスマルク程度であったが<ref name="ディ・ヴェルト2004年12月17日"/>、自治体が新婚家庭に贈るために購入するなど、半ば強制的に販売された『我が闘争』の印税は、ヒトラー死去時の時点の総額で800万ライヒスマルクにおよぶと見られている<ref name="zdf2012年9月7日">[http://www.zdf.de/ZDF-History/Hitler-und-das-Geld-5446074.html Hitler und das Geld - ZDF.de] - [[ZDF]]サイト内、ZDF-History2012年9月7日記事</ref>。その他に{{仮リンク|ライヒスポスト|de|Reichspost}}が印刷する自らの肖像切手の肖像使用料も受け取っていた<ref name="ディ・ヴェルト2008年11月11日"/>。ゲッベルスはその日記にヒトラーが「大金(viel Geld)」を手にするだろうと記述している<ref name="ディ・ヴェルト2008年11月11日"/>。1943年にヒトラーは遺言書を書いているが、その際に処理するべき財産は550万ライヒスマルクにのぼっていた<ref>[http://www.spiegel.de/spiegel/print/d-21057454.html DER SPIEGEL&nbsp;52/2001 -Hitlers Nachlass] シュピーゲル2001年12月22日記事</ref>。また財界から拠出された金で設立された{{仮リンク|ドイツ産業のためのアドルフ・ヒトラー基金|de|Adolf-Hitler-Spende der deutschen Wirtschaft}}は、ヒトラー自身の裁量で自由に使用できる性質の基金であり、事実上ヒトラーの個人財産であった。その総額は700万ライヒスマルクにおよぶ<ref name="zdf2012年9月7日"/>。こうした財産や基金からヒトラーは軍の将軍達や党内外の有力者に「贈り物」を行い、彼らの忠誠を保とうとしていた。
 
ヒトラーの死後、財産は[[バイエルン州]]が管理することとなった。ヒトラーの妹パウラが相続権を主張し、1960年2月17日に不動産の3分の2を相続する決定が行われたが、まもなくパウラが死去したたため、その後もバイエルン州が管理している 。
 
== 逸話 ==
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