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===その後の反人種差別運動===
[[File:Bloody Sunday-Alabama police attack.jpeg|thumb|right|200px|「血の日曜日事件」にてデモ隊を襲う白人警官]]
しかし、アメリカ国内における白人による有色人種への人種差別感情はその後も収まらず、公民権法制定後の1965年[[3月5日]]には、アラバマ州[[セルマ (アラバマ州)|セルマ]]で「[[血の日曜日事件 (1965年)|血の日曜日事件]]」と呼ばれる白人警官による黒人を中心とした公民権運動家への流血事件が発生した上、人種差別感情が強い南部を中心に、クー・クラックス・クランなどの白人至上主義団体による黒人に対するリンチや暴行、黒人の営む商店や店舗、住居への放火なども継続的に起きていた。
 
一方、黒人による反人種差別運動の一部勢力は、公民権法制定以降もなくならない人種差別への悲観と、[[1968年]][[4月4日]]のキング牧師の暗殺による指導者の不在、そしてベトナム戦争下で混乱する国内情勢の影響を受けて、非暴力主義を貫いたキング牧師が代表する平和的・合法的な反差別運動から、暴力などの非合法的な手段を用いることを否定しない過激な運動(1965年に暗殺された[[マルコムX]]の影響が強いとされる)へと変化していく。
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