「村田勝志」の版間の差分

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'''村田 勝志'''(むらだ かつし、[[1939年]] - [[2013年]]4月9日<ref name="sankei">[http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/130413/crm13041302020002-n1.htm 「力道山を刺した男」が死亡] 産経新聞(2013年4月13日)</ref><ref>[http://mainichi.jp/select/news/20130413k0000e040155000c.html 力道山:刺した74歳元受刑者、病院で死去] 毎日新聞(2013年4月13日)</ref>)は、[[茨城県]][[土浦市]](一説には[[阿見町]])出身の[[暴力団]]組員。中学時代から番格を務め、握り拳にカミソリを挟んで相手を殴るスタイルから、「カミソリ村田」の異名で恐れられた。
 
上京して[[住吉一家]]入り、[[大日本興業]]準構成員となっていた[[1963年]]12月8日午後10時30分、赤坂[[ニューラテンクォーター]]内で[[力道山]]と口論の末、{{要出典|一方的に殴られて自衛のため力道山を登山ナイフで刺傷する。|date=2013年10月}}傷自体は浅手で直接の死因とはならず、所属する暴力団は力道山とも手打ちを行っているが、最終的にはこの傷が遠因となって力道山は死去した。後、この事件について[[大下英治]]による直接取材に応えている。
 
なお、村田は、毎年力道山の命日近くには、菩提寺の[[池上本門寺]]への墓参を欠かさなかったという。ただし、命日当日では目立ってしまうので2,3日ずらして参っていたという。
 
{{要出典|なお、村田は、毎年力道山の命日近くには、菩提寺の[[池上本門寺]]への墓参を欠かさなかったという。ただし、命日当日では目立ってしまうので2,3日ずらして参っていたという。|date=2013年10月}}
 
[[2013年]]4月上旬に東京都内で死亡<ref name="sankei" />。享年74<ref name="sankei" />。晩年は[[糖尿病]]を患っていた<ref name="sankei" />。
 
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