「アベノミクス」の版間の差分

この時代の経済思想は、[[宮澤喜一]]に代表される。宮沢は、1991年11月から1993年8月まで総理大臣として総合経済対策、新総合経済対策を推進したほか、1998年小渕内閣の大蔵大臣に返り咲き、「平成の[[高橋是清]]」と呼ばれた。宮沢ほかの経済思想は、財政出動を中心とする典型的なケインズ政策であったが、「失われた10年」と呼ばれたように、長い長期不況から脱出できなかった。
 
====小泉構造改革とその後====
2001年4月、小泉旋風に乗って[[小泉純一郎]]が内閣総理大臣に就任すると、民間から経済学者の[[竹中平蔵]]を経済財政政策担当大臣に指名し、以後2006年9月まで、いわゆる小泉=竹中改革([[聖域なき構造改革]])を推進した。この間、日本銀行は2001年3月19日から2006年3月9日まで[[量的金融緩和政策|第一次量的緩和]]を推進した。この影響もあり、円ドル為替レートは弱含みに推移し(1ドル110円から120円)、輸出が増大し、リーマンショック直前まで緩やかな景気回復が続いた。これは[[いざなみ景気]]と呼ばれる。景気回復期間は、2002年2月からリーマンショック直前の2008年2月まで73ヶ月に及び、「戦後最長の景気回復」とも呼ばれたが、実質GDP成長率は、年1パーセントを超えることができず、また労働者の賃金が上昇しなかったため、「実感なき景気回復」とも呼ばれた。2008年9月以降、円ドルレートは1ドル100円を切る円高に推移し、[[リーマン・ショック]]による世界経済の冷え込みもあり、2009年以降3年間の民主党政権の間、景気低迷が続いた。このため、1990年代の10年間に2000年代の10年は、「[[失われた20年]]」とも呼ばれる。
 
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