「何東」の版間の差分

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[[File:Sir Robert Ho Tung.jpg|thumb|晩年期の何東|180px]]
[[File:HK Cemetery Sir Robert Ho Tung KBE with wife.JPG|thumb|200px|何東夫婦の墓]]
ユダヤ人の血を引くオランダ系イギリス人の父と香港人の母から生まれる。両親は正式な結婚でなく、父は事業の失敗後に蒸発してしまう。以後、母ひとりで何東たちを育てる。幼年期に私塾に通い、その後、名門である中央書院(今の皇仁書院)に進学し、[[1878年]]に優秀な成績で卒業した。
 
卒業後は貿易商社の「広東海関」に入社し、人脈づくりとヨーロッパとの貿易業務を担当した。[[1881年]]に辞職後、[[ジャーディン・マセソン|ジャーディン・マセソン商会]]に入社し、貿易業務と翻訳業務を担当する。業績が認められて、すぐに[[買弁|総買弁]]に抜擢される。[[1883年]]からはジャーディン・マセソン商会の買弁と同時に、設立したばかりの「香港火燭保険公司」と「広東保険公司」の総買弁も任される。さらに、自社の「何東公司」(Ho Tung & Company)も設立し、砂糖の売買を手がける。
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