「アンドリュー・ジョンソン」の版間の差分

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== 弾劾 ==
連邦政府による南部再建([[レコンストラクション]])において、南部人に寛大な政策をとったとみられ、そのせいで[[急進派共和党|共和党急進派]]のメンバーと馬が合わず、政敵である陸軍長官[[エドウィン・スタントン|スタントン]]を罷免したことからThe Tenure Law(政府高官が在職中は罷免を免れる法律)を破ったという口実で[[弾劾]]裁判にかけられた。ジョンソンに対する弾劾の訴追は[[1868年]]2月24日に下院を通過した。弾劾法廷は同年3月5日に上院で組織された。上院での弾劾決議の採決では賛成35票・反対19票(賛成率が64.8%)となった。弾劾の成立には三分のニ以上、つまり36票以上の賛成が必要だが、1票足りなかった。そのため、辛うじてジョンソンは大統領の座を保つことができた。しかし、この一連の騒動により議会とジョンソンの対立の溝は決定的なものになり、政権の[[レームダック]]化は免れなかった。[[1869年]]3月4日に任期満了に伴い退任した。
 
ジョンソンは[[1998年]]12月19日に[[ビル・クリントン]]が弾劾訴追で弾劾裁判にかけられるまで、唯一弾劾裁判にかけられた大統領だった。また、[[ウォーターゲート事件]]で追い詰められた[[リチャード・ニクソン]]は、弾劾訴追をうけると、弾劾裁判前に辞職している。
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